インターネットのけもの

全て妄想です。

孫の顔が見てみたい

我が家は一家団欒を旨として暮らしていますので、幼い頃からずっと夕食は家族揃ってとることにしているのですが、子供たちが皆成人を迎えてからはそれもなかなかに難しいもの。最近では常に誰かが欠けている有様でしたが、たまに全員が揃ったときなんかにはTVを眺めながら、父からの「最近仕事は楽しいんか?」という毎回のように飛んでくる質問に嫌な顔せずお決まりのように「まあまあやな」と答える僕がいる、そんな温かい光景が繰り広げられているのでした。

別に正直に「仕事が面白いという感覚が理解出来ない。あれは如何にうまくサボりながらも賃金を得ることが出来るか、というゲームくらいにしか思っていない」と答えてしまっても良かったのですが、そうなると恐らくあとに残るのは楽しい一家団欒の時ではなく、気まずい空気の流れる会話のない冷え切った食事シーン。ですが、そんな時間は家族の誰も過ごしたいとは思っていないはず。こうやって家族間であってもお互いが慮ることによって楽しい家庭が築かれていくのです。

 

先日のことでした。

この日は珍しく家族全員が揃い、夕食を囲んでいるとTVから結婚指輪だか婚約指輪だからのCMが流れてきました。いつもならばただのCMごときに誰も見向きはしないはずなのですが、なぜかこの日は違っていました。母が突然に口を開いたのです。

「あー、あんたも漫画ばっか読んでないで、そろそろこういうのあげる人はおるんか?おらんねやったらお母さんが貰ったろか?」(原文ママ

この場合の「あんた」とはどう考えても僕のことで、もちろんそんなのをあげる人なんかいやしません。というか、あげる人がいないことと婚約指輪を母親に渡すことの因果関係が一切理解できないのですが、どういう発想からそこへと行き着いたんでしょうか。どんなマザコンでも母親に婚約指輪送ってるやつ見たらドン引くと思う。

そういえば正月の終わりに9日ぶりに家に帰ってきた僕に対して、同じように母から「こんなにほっつき歩いて。孫の顔はいつ見れるんだか」という噂に聞く恐ろしいセリフを頂いていたことを思い出しました。僕としては、家で引きこもっているよりも外に出たほうが人の出会いが増えるので、むしろほっつき歩いていたほうが孫の顔が拝めるチャンスは増えるのでは?と思い、冷静に指摘したのですが、それを言うとなんだかすごく怒り出したので、そのときはそれ以上詮索するようなことをしませんでした。

 

一連の流れから察するに、どうやら母は、息子が結婚して孫が出来ることをそれなりに期待しているようです。

でもね、お母さん。それは無茶な相談だよ。あなたの息子さん、絶望的なまでに女っ気がないよ。そしてどうやら本人もそれをあるがままの姿としてもう受け入れちゃってるんだよ。こんな状態で何がどうやったら孫が出来ると思えるの?きっとここが末代だよ。

ですが、そんなことをそのまま伝えてはきっと夕食の時間が気まずい空気に包まれてしまうでしょう。ここはなんとかうまく切り抜けねば…。まあ、ぶっちゃけ母がトチ狂ったことを言い出さなければこんな配慮をする必要もなかったので、すべての責任を押し付けて流してやろうかと思ったのですが(「育て方が悪かったから女っ気がない人生になったんだ!どうしてくれるんだ!」と突然キレてみる、お気に入りの漫画を持ち出して「将来はこの子と結婚するから全く心配ないよ」と満面の笑みで語りかける、など)、それはあんまりというか、女っ気がないのは僕の今までの生き方が悪いだけなので、なんとか自分でうまく流さねばなりません。

こんな僕の悩みをよそに母は畳み掛けてきます。

「お母さんやったらどんな指輪でもええで」

もうそれお母さんが指輪ほしいだけだろ。それでなんで指輪あげる前提になってるんだ。あげる相手いないのわかってるじゃん。

そんな言葉をぐっと飲み込み、僕は冷静に、それでいて深刻にならないように答えました。

 

「自分の息子が結婚するとまだ思ってたん?孫は早めに諦めたほうがええで。どうしても欲しいってなら赤ちゃんポストから貰ってきたるわ!」

自分では結構良い返しが出来たなと思っていたのですが、なんか様子が変です。というか、普通にお母さんがめちゃくちゃ怒り出した。

「あんたは!いい歳にもなってまだそんなことしか言えんのか!あんたには人の心ってもんがないんか!」

逆鱗に触れるとはこういうことなんでしょうか。正直、おまえがいらんこと聞くからこうなってんだよ…、という思いでいっぱいでしたが、きっと僕が悪いのでしょう。助けを求めた訳でもありませんが、ふと祖母の方を見てみると、普通に悲しそうな顔をしていたのでそれが一番心にきました。

やめてくれ…。早朝の勤行で僕を叩き起こし、夜は本を読んでいる横で勤行を始めて集中を乱すだけでは飽き足りず、まだ僕を苦しめようと言うのか(祖母は創価学会員です!)。

父はなんかこのやり取りをみてずっとニヤニヤしてた。さすが僕のお父さんだなと思いました。

弟と妹は何事もなかったかのように食事を続けていました。君たちがタフに育って兄ちゃんは嬉しいよ…。

 

こうして今日も我が家の夕食は進んでいくのです。