インターネットのけもの

全て妄想です。

ぼくらのウォーゲーム(斧戦争)

古いHDDを整理していたところ、中高生の時に集めたであろう画像が山のように出てきました。当時の僕は何に狂っていたのか、あらゆる画像ファイルを次から次へと収集するという、今にして思えば何故そのようなことを…?と後悔しか湧いてこないような行為に心血を注いでいたのです。

そこには死んでも親の前には出せないような画像は勿論のこと、博愛精神に満ち溢れる僕はそのような肌色成分が不自然に多い画像だけではなく、いわゆるおもしろ画像から風景画像、果ては「一体誰が何の目的で…?」と思わざるを得ないようなコラ画像まで、狂ったように集めては、自己流に体系づけた分類を加えてフォルダにひたすら格納していたのでした。

その作業量といったら半端なものではなく、大量に集めた画像ファイルを一枚一枚目視で確認し、その画像が含む要素(二次元・三次元から始まり、果てはどんな服装か、作者は誰か、など)を鑑みた上で、どのフォルダに格納するべきか決めていくという、本当にあの頃の自分は脳に重大な欠陥でもあったのでは?と心配になるほどでした。

当時の僕が何を考えていたのかは今となっては闇の中ですが、今日の本題はそこではないのでひとまず放置しておきます。

画像を見返している時にふと思い出したのが、これだけの画像をどうやって集めていたのか、でした。未分類のものも含めると(大半が未分類です)画像ファイルだけでゆうに数百GBに及ぶ大量のファイルたち。これだけの枚数は集めるだけでも一苦労なはずです。

当時の僕が取っていた手段は主に以下の3つでした。

 

1つ目は一番オーソドックスな方法です。

掲示板や画像がまとめられたサイトに行き、そこで気に入った画像を収集するというものです。ここでいう掲示板は主に2ちゃんねるのことですね。当時はvipなんかによく「〇〇の画像が集まるスレ」みたいなのが立っていて、そこにいけばお目当ての画像が大量に貼られていたのです。

これは自分の集めたい画像を高い精度で集められる反面、時間あたりに集められる画像枚数が少ないという欠点がありました。これは収集→分類の流れを一度に行っているため、どうしても自分で見るという行程を挟んでしまい、短時間で大量に画像を集めるには向いていないからです。ただし分類まで行ってしまえるというのは大きなメリットでしょう。自分の手で支えられるぶんだけ、というわけです。

今でもネット巡回中に気に入った画像なんかを見つけるとついつい保存してしまいますね。

 

2つ目は1つ目の方法を機械の力でやってしまおうというものです。

未分類のファイルの大部分はこの方法によって生成されたものです。今から10年ほど前、当時としてもドマイナー、今となっては知る者のいないツールになってしまっているのですが、2ちゃんねるのスレに貼られた画像たちを問答無用で集めてくるNELERLOID「ルウ」という怪物のようなツールが存在していたのです。

このツールは本当にすごかった。簡単な設定を終えたら、後は起動しているだけでガンガン画像とその画像が貼られたスレのログが保存されていくという親切設計。あまりにも画像を集めすぎてくるせいで、ルウが集めた画像を分類しているだけで休日が終わってしまうという、終わってるのは僕の頭のほうじゃないのかってくらいとんでもないツールでした。

ちょっと僕は自分の限界を理解できていない馬鹿だったので、とりあえず「グロ」なんかを一部NGワードに突っ込んだ以外はほとんど設定らしい設定をしないまま、24時間体制でルウを酷使していたのですが、そうなると画像が溜まっていくばかりで一向に分類なんか出来やしません。

しかも、集まった画像は大半がノイズみたいなもんで、要するに2ちゃんねるに貼られがちなスレには全く関係ないおっさんの女装画像だとか、大便器に落とされたとんでもないサイズのうんこといった、本当にどうしようもないタイプの画像がありとあらゆるファイルに潜んでしまっていたのです。

ですが、そんなゴミの中から目当ての画像を見つけたときの喜びといったら素晴らしく、まさに掃き溜めに鶴、そのままの勢いを借りて、猛烈なスピードで分類作業に移るのでした。まあそれでも全然終わらないんですけどね。ルウが集めた未分類の画像だけでも余裕で100GB超えてるよ。

そんなルウもとっくに開発は終了しており、今では僕も使っていません。一応最新版は今でもダウンロード出来るようですが、まだ使ってる人はいるんだろうか。そもそも今の仕様に対応しているのか、そこから怪しいもんですが。

 

3つ目の方法は自発的に行うことは難しいものの、同系統の画像を大量に、そして迅速に手に入れられる、1つ目と2つ目の方法のいいとこどりみたいなやつです。

それがようやくタイトルに関わってくる、Axfc Uploader、通称「斧」を使ったものでした。Uploaderとつくことからも分かるようにアップローダーなのですが、これはそんじょそこらのアップローダーとは大きく違っていました。当時は小さいサイズのファイルしかやり取りできない中、斧は簡単に数MBの小さなファイルから1GB以上の大きなファイルをアップロードすることが出来たのです。今となっては当たり前のことかもしれませんが、当時としては画期的なものでした。

この斧が画像収集にどう活きてくるかといいますと、2ちゃんねるの画像スレや雑談スレが盛り上がっていると、ご自慢の画像フォルダをzipなんかにまとめて斧にあげる人物が定期的に現れていたのです。わざわざ自分が集めた画像たちを開放するというのですから、質・量ともにかなりのものが期待できます。実際、こういう形であげられるzipに外れは殆どありませんでした。

ただ、こうやって画像をあげてくれる人たちはどこかひねくれているのか、妙な承認欲求に囚われているのか、まっとうな方法ではどこに画像を上げているのか教えてくれません。代わりに教えてくれるのは、元素記号と何桁かの数字、それに「パスは「基本」」という謎の文章だけ。ですが、あの頃画像スレに群がっていたような奴らにはそれだけで十分でした。その書き込みを見た直後には、目当てのURLに人が集い、戦争が始まっていたのです。

さきに答えを言ってしまうと、元素記号とそれに続く数字は斧におけるファイルの位置を示していました。当時は元素記号と数字の組み合わせを見れば、それは間違いなく斧のファイルを示しており、URLなんぞ知らなくても目当てのファイルにアクセスできていたのです。でもアクセスするだけでは目当てのファイルは手にはいりません。ファイルをダウンロードするにはパスワードが必要となるのです。

ここで活きてくるのが、「パスは「基本」」というワード。しかし、基本とは?これは単純に板の名前を指すことが多かったです。多かった、という表現になったのは「基本」というパスワードが基本といいつつ、その答えが複数あるという、なにげに一番やっかいなものだったからです。例えばvipだとそのまま「vip」で通ることが多かったですが、「vipvip」「vipper」のときもありましたし、親切なのか嫌がらせなのか「基本」という言葉そのものがパスワードになっていることもありました。

他にもパスワードとしては、「俺の愛」(投稿者のID)、「教師、今日の4」(日付を4桁で、今日だったら0124)、「生徒」(教師の逆、4210)、「目欄」(メール欄、更にここがクイズになっていることもあった、本当にひどい)などがありました。この辺はまだ定型になっている分マシなほうで、オナパス(オナニーパスワード)と言われるような、マジで投稿者の自己満足としか言えないようなパスワードをノーヒントで設定してくるような輩もいました。普段なら崇め奉られる存在である投稿者も、このときばかりは「死ね」の言葉を甘んじて受け入れるだけの悲しい存在へと成り下がったのは言うまでもありません。この辺のパスワードは書き始めるとキリがないほどに分岐しており、解説のサイトがいくつか作られていたほどです。しかし、当時斧を利用していた人たちはこの当たりの約束事をある程度記憶していました。そうでなくては戦えなかったのです。

そしてようやくパスワードが通り、いざファイルをダウンロード!といきたいところですが、そんなに甘い世界ではありません。むしろ今までは戦いに参加するためにただの基礎知識です。ここからが長く苦しい斧戦争の始まりです。

 

今どきのアップローダーなら、目当てのファイルに対しパスワードを入力し、ダウンロードボタンをクリックすればすぐにでもダウンロードが開始されるものですが、当時の斧はダウンロードボタンをクリックしてもすぐにダウンロードが開始されるとは限りません。むしろ、すんなりダウンロードが開始される方が稀だったと言えるでしょう。

なんと当時の斧はサーバーが貧弱なためか、時間あたりにダウンロード出来る人数が決まっており、それもファイルサイズが大きくなるほどにその人数が少なくなっていくのです。大抵のファイルは45秒とか60秒に一人とかだったような気がしますが、これが大きいファイルになると2分に一人とかになります。この枠に10~30人、時には100人以上の人数が殺到するのです。100人以上集うファイルをダウンロードするには、相当な困難が伴うことは理解できるでしょう。

この戦いに勝ち抜き、いち早くダウンロードを開始するためには求められることは唯一つ。ダウンロードボタンをクリックしたタイミングが、新しいダウンロード枠が開かれた瞬間から一番近いことです。これは本当にシビアな争いで、0.01秒を争う大変ハイレベルなものでした。ダウンロード出来なかった負け犬は提示された次の枠が開かれる時間までひたすらリロードしながら待つことしか出来ません。これが熾烈な斧戦争です。

人気のファイルであればあるほど集う人数は増え、より苛烈な争いが繰り広げられます。特に祭り(今では炎上と呼ばれているもの)が起きた際にアップロードされる、祭りのあらましや流出物をまとめたファイルの人気は凄まじいものでした。お宝への道が開くその一瞬に向けて益荒男たちは全てを賭けてリロードボタンを押すのです。そして選ばれた一人のみがお宝を手に入れることが出来る。その様はまさにインターネット世界の福男だったと言えるでしょう。

もちろんこんな争いに徒手空拳で挑むような若輩者はいません。皆それぞれが自らの武器を手にこの戦争に参戦します。あるものは時計を日本標準時に合わせ、あるものは己の体内時計を極限まで鍛え上げ、あるものは目当ての時間の1秒前にリロードするのがいいんだと自己流のテクニックを語る、そんな骨肉の争いの果てに目当てのファイルが存在していたのです。

そこに慈悲はありません。当然ですが闘いに負けたものは再び1~2分待たなければならないのです。たかが1,2分と侮ってはいけません。敵は100人以上いるのです。負け続ければ平気で30分、1時間、2時間とリロードするだけの時間が過ぎていきます。そんなに待つくらいなら諦めたらいいじゃん…、なんて野暮なことは言わないでください。たった一つのファイルも手に入れられないやつが一体何を手に入れられるっていうんですか!

そしてようやく掴み取った栄光。その時の嬉しさはきっと当時斧戦争に参加していたものにしかわからないでしょう。

 

あのころ、ぼくたちは戦争をしていた。誰も傷つかないけど殺伐とした、平和で悲しい戦争を。便利な今となってはもう起こらない、どれだけの時間をドブに捨てたのかわからない、そんな戦いだった。だけど楽しかったんだ。