インターネットのけもの

全て妄想です。

生ハムの楽しみ方

僕はもちろん高貴な人間であるので、最近はもっぱら生ハムを食べあさる毎日になってしまっているのでした。高貴であることと生ハムとに一体何の関係性があるのかは僕も分かりませんが、とにかく生ハムにハマっているのです。その生ハムの美味さといったら、到底僕が表現できるようなものではないので(文字で表そうとしましたが「美味しい!最高!」としか書けませんでした!)、僕が普段どのように生ハムを楽しんでいるか伝えることでその美味しさの一端でも伝わればと思います。

 

行きつけの店でいつもの生ハム(ハモン・セラーノ、主に改良種の白豚の後脚を塩漬けにし、長期間気温の低い乾いた場所に吊るして乾燥させて作られたスペイン産の生ハム)とワインを買い込み、帰宅後はほどよく重厚なクラシックの流れる部屋で外国文学を嗜みながら生ハムを楽しむ。余暇の過ごし方というのはこうあるべきですね。

食器は自然の温かみを感じさせるアカシア材の深皿で、暖炉の明かりに照らされながら、時折ページを捲る手を止めてワインの香りに意識を向ける。今日は気分を変えていつもと違うワインにしてみたけど、どうやらこちらの方が生ハムには合うらしい。今度は同じ銘柄の違うワインも試してみようかな、なんて考えていると呼びかける声に気がつく。

「パパ!今日は何の本を読んでいるの?あ、こっそりハム食べてる!」

どうやら娘に見つかってしまったらしい。我が家では基本的に間食を認めていないので、これでは父親の威厳が保てそうにない。まあ、元々そんなものはないに等しいのだが。

ナボコフって人の本だよ。一緒に食べるかい?ママには内緒だよ」

「食べる!」

ついつい甘やかしてしまう。この甘い共犯関係が心地よくもあるが、このままではいつになっても厳しい父親になるのは難しそうだ。

「ほら、もう寝る時間だから一切れだけにしとくんだよ」

普段であれば自分の分の生ハムが減ってしまうことは到底許せるものではないが、相手が娘とあればどうしようもない。むしろ娘にはこの美味しさを知ってもらいたいくらいだ。そういえば、昔はよく友人と生ハムを取り合って喧嘩になったっけ。生ハムにはきっとどうしようもなく抗いがたい、魂を粉砕してしまうほどの邪悪な魅力があるのだ。

「なんかいつも食べてるハムよりペラペラしてるね」

「生ハムってやつだよ。すこし塩分が多いけど美味しいよ」

そういって口に運んでやると、嬉しそうに大口を開けて迎え入れてくれた。見る度に下品だなとは思いつつも、どこかこの世のものとは思えない優雅さもあり、未だに諌めることが出来ないでいる。

「なにこれ!いつも食べてるのとぜんぜん違う!」

「美味しかったかい?」

「美味しい!パパはいつも食べてるの?ズルい!」

そう言って、もう一枚よこせと目で訴えかけてくる。だが、生ハムの中でもなかなかに塩分が多いハモン・セラーノを与え続けるのは良くないだろう。

「今日はもうおしまい。いい子にしてたらまたあげるよ」

「えー。パパはいっぱい食べてるのに…」

まだ不満そうではあったが一応は聞き入れてくれたようだ。再婚した妻の連れ子だったため、はじめはうまく関係を築いていけるか不安ではあったが、思ってた以上に向こうの方から懐いてくれた。どうやら俺が娘が首ったけの甘い声で歌う歌手のなんたらに似ているらしい。複雑なところもあるが、円満な家庭が築けているので良しとしている。

「食べ終わったらなら早く寝なさい。ちゃんと歯も磨くんだよ」

「うん!おやすみ、パパ!」

足音が離れていったのを確認してから、意識をページに戻す。いずれ読もうと思っていた本だが、これがなかなか面白い。作中では、妻を失った男と母を失った娘があてのない旅に出ていた。

 

とまあ、身バレを防ぐためにもところどころフィクションを入れてはいますが、だいたいこんな感じで僕は生ハムを楽しんでいるわけですね。ただ一つ反省点としてあげさせていただくならば、ちょっとフィクションを入れすぎたためにリアリティが完全に失われてしまい(99%くらいがフィクションです!)、皆さんのライフスタイルに適応できそうにない、というかそもそも生ハムのことが文中の10%くらいしか書かれていないという点は反省しなければなりませんね…。

 

でもよく考えたら、ここはあくまで僕の日記なので、僕が「これは自分の日記!あくまで自分の出来事を記述しただけ!」って言い張った場合、読む側はそれを信じることしか出来ないんですよね。

だからきっと、早起きして競馬場まで行って全然当たらないまま帰ってきたってのは脳が作り出した幻惑であって、本当の僕は暖炉のある家で妖精のように無邪気な子供と触れ合いながら、大好きな生ハムを食べて、大好きな本を読んで、そういう幸せを日記に認めているに決まっているんだ。だって、そうじゃないと悲しすぎるじゃないですか。

まさか昨日は起きたらもう17時で、あまりに汚れた部屋の片付けをしていたらもう21時を過ぎた頃で、夜中に友人とエロ漫画について2時間半みっちりと語り合って、今日は早起きして競馬場へ行って、一レースも当たらないまま帰宅して、あとはネットサーフィンしてたらもう今日も終わりだなんて。こんな週末を過ごす成人男性が世に存在していい道理はないのです。家族以外と会話したのがエロ漫画についてだけって一体前世でどんな業を背負えばこんなことになるんですか。

 

ねえ、もし神様って存在がいるなら。ねえ、神様。あまり贅沢なことはいいませんから。どうか、悔いのない週末を送らせてもらえないでしょうか。笑って終われる日曜日の夜をどうか僕に…。

 

でも、この声はきっと届かなくて。

だから僕は今日も生ハムを食べます。生ハムうめーわほんと。大概の嫌なことはこれで吹っ飛ぶよ、まじで。