インターネットのけもの

全て妄想です。

人生の勝利者になるために

僕もそろそろいい歳の大人になってきたわけですから、当然この熾烈な現代社会をこれからも生き抜いていくために社会の仕組みを知っておかなければなりません。少し前までの僕だったら「社会の歯車になんか!!なりたくねえ!!」と全力で家に引き篭もり続ける方法を模索していたところですが、それでは両親亡き後悲惨すぎる未来が襲いかかってくることが容易に想像できたため、日々勝ち組になるべく努力中というわけです。ソシャゲなんてやってる場合ではないのです。

ですので、最近はもちろん定時で速攻帰宅、書籍を読み耽り、自分を高めることにマジ余念がありません。(主な参考文献:「羽月莉音の帝国現代社会を成り上がっていく高校生を描いたライトノベルです!、「リアル人生ゲーム完全攻略本」現実世界をゲームと見立て、目標を「幸福値の増大」と捉えた斬新な実用書!)見方を変えれば、みんなが残業で苦しんでいる中、一人颯爽と帰ってしまうのは会社内での評価が芳しくないものになってしまいそうな気もしてきますが、これも会社という小さい組織ではなく社会という大きいフィールドで成り上がっていくためですから仕方ありません。こういう一方を追求するために他方が犠牲になってしまう状況をトレードオフといいます。おっと、勉強の成果か、このような知的な言葉もサラサラと出てくるようになってしまいましたね。成長を実感します。

 

先程挙げた参考文献を振り返ると少し、というかかなり…?ジャンルが偏っているような気もしますが、これも仕方のないことです。なにせ僕は小学生の頃、週刊少年ジャンプで漢字を覚えていたくらいですから、わからないことを調べるために漫画やライトノベルに頼ってしまったのも当然というものでしょう。そもそも昨今は何が真実で何が虚構かわからないような時代なのですから、ぶっちゃけ何から学ぼうと大した違いなんてないのです。そう、これは学び。決して娯楽のために読んでいるわけではないのです。

MASTERキートンで主人公である平賀=キートン・太一は以下のように語っています。

「人間は一生学び続けるべきです。人間には好奇心……知る喜びがある。肩書きや、出世して大臣になるために、学ぶのではないのです……では、なぜ学び続けるのでしょう? ………それが人間の使命だからです。」

僕はこのセリフがもう本当に大好きで、初めて読んだときから心に刻んでいたのですが、最近になってようやく人間の使命を果たすことが出来始めたような気がします。まあ僕の場合は「勝ち組になりたい」という世俗にまみれ過ぎた理由が根底にあるのですが、学ぶ姿勢に大きな違いはないはずなのでセーフということにしておきましょう。

 

そんなわけで僕は今日も自分を高めていくのです。最近は人の上に立つことにも興味が出てきており、教室の隅っこで漫画を読んでいた自分がどこかに行ってしまったような気さえしてきます。文化祭の日にも漫画を読んで時間を潰し、クラスメイトから何故か僕だけ君づけで呼ばれていたあの頃の自分はもういないのです。

そんな僕が今日読んだ本は「完全教祖マニュアル」です。宗教の本質と教祖の役割について述べられた本書を読んで、またひとつ、自分の中の可能性が広がったような気がしました。