インターネットのけもの

全て妄想です。

ソ・ラ・ノ・ヲ・ト舞台探訪記 「饗宴・砦ノ戦争」

人は皆、心に秘密を抱えている。

誰かが言っていた。その隠された秘密を暴くのは、決して開けてはならぬ扉を開けるようなものだと。

だが、開かない扉はどうしようもなく人を惹きつけ、こじ開けたいという欲求を駆り立てる。

それゆえに、あの事件は起こってしまったのだろう。

フィリシア・ハイデマン少尉は本件についての記録は抹消し、砦の歴史から消し去るつもりだと言っていた。

だが、私は記そう。またいつか、私達と同じ過ちを犯すものが現れないとも限らない。その子羊たちへの教訓として、あの忌まわしき出来事は、記録に残すべきものだと思うからだ。

それは昨日、セーズ教会の尼僧、ユミナの来訪で始まった。

 

 

とまあ、クレハの独白から始めさせてもらいましたが、日記にはあまり関係がありません。ユミナの来訪どころか、この旅を通じて僕を訪ねてくるような人なんか一人たりともいませんからね。ただ、タイトルある「饗宴」という言葉は、今日という一日を表すのにピッタリだったとは思います。

 

2016年9月19日(月)

 

この日はアラルコンからクエンカに戻ってくる日として設定していたのですが、アラルコンは交通機関が貧弱、というか車でしか到底行き来出来ないような場所でしたので、念のための予備日も兼ねて、予定は入れていませんでした。

ですので、クエンカに着いてからはカフェでチュロスの大きさと旨さに驚いていたくらいで特にすることもなく、宿に荷物を置いてからは、街中をぶらぶらしつつ旧市街の方へと向かいました。旧市街はやけに人が多く、どうやら今日はサン・マテオというお祭りの日のようです。

 

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新市街から旧市街へと続く道路は途中で通行止めとなっており、この先は歩行者天国のようになっています。2日前に訪れたときには想像もできなったほどの人で溢れており、一体クエンカのどこにこれだけの人が潜んでいたのか、ただ驚かされるばかりです。それにしても、救急車で道路を塞ぐというのはいいアイデアかもしれませんね。これなら患者をスムーズに運搬することが出来ますしね。

 

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サン・マテオでは牛追いが催されているらしく、いたるところに牛からの避難場所を兼ねているのでしょう、柵が設置されていました。本来の用途ではないのでしょうが、どの柵もベンチ代わりに腰掛けている人が多かったように思います。牛追いが行われるというのに子供の姿が多いのが気になります。思っているほどは危険じゃないのでしょうか。残念ながら僕は、この後に起こるのっぴきならない事情により、牛追いを体験することは出来ませんでした。

 

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さすがクエンカ旧市街の中心地、マヨール広場は人でごった返しています。ここにも、隅の方には柵が設置され、避難場所が形成されていました。広場に面した家々の窓からも、身を乗り出して様子を伺う人が大勢いました。行き交う人々も笑顔で楽しそうです。街に入ってから気がついたのですが、革製の水筒を掛けた人をチラホラと見かけました。こういうアイテムを見ると異国の祭り感が強まっていいもんですね。

 

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今日は教会も締め切っているのでしょうか。誰かが出入りするところを見た記憶がありません。いい溜まり場になっているのか、座り込んで談笑する姿ばかりでした。よく見ると、手にした水筒は飲むため以外の目的もあったらしく、水筒をぐっと握り込み、水鉄砲のように相手めがけて中身を掛け合うという実にお祭りらしい、バカバカしくも楽しげなことをしていました。中身は大抵ワインが入っているらしく、お互いのシャツを紫色に染めながらはしゃいでいる姿が目立ちます。まるで水掛け祭りのようです。

 

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離れて写真を撮っていたはずですが、気がつくとシャツが少し濡れていました。いつの間にか貰ってしまっていたようです。こうやって濡れてみると、なんだか自分もこの祭りの一員として認めてもらえたような気がして嬉しくなりました。異国から来た身ではありますが、やはりこういったイベントには飛び込んでこそだと思います。考えてみると、旅行先でお祭りに出会うなんてめったにないことです。折角なのでもっとサン・マテオというお祭りに飛び込んでいこうと思います。

 

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一昨日に訪れたときにはそんなことはなかったのですが、今日は裏路地も人が溢れかえっている場所が多いです。一昨日にこの路地を通ったときには人っ子一人いなかったはずですが・・・。人が溢れすぎていて何度か迂回するハメになりました。

 

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何かそんなルールでもあるのか、同じTシャツを着ている人たちが街中に大勢いました。このTシャツにはいくつかのカラーバリエーションがあるようで、何故か同じ色のTシャツを着ている人たちは固まっていることが多かったです。僕も祭りに参加した証に一着欲しかったのですが、残念ながらどこで売っているのか、そもそも売っているのか分からず、手に入れることはできませんでした。

 

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どこの国でも祭りで変な方向に浮かれる人はいるものですね。クエンカと全く関係ないはずのスパイダーマンと遭遇しました。こういう良い意味でアホな人を見かけると、なんだか嬉しくなってしまいます。音は響いていませんが、日本もスペインもおんなじなんだね、とついついカナタのようなことを考えてしまいました。このスパイダーマン、結構歩き回っていたようで、この後も何度か遭遇しました。

9月とはいえ、まだ日差しがきついためか、日よけに張られたブルーシートの下に人が押し寄せていました。屋台もこの場所にあったためか、人が集中しており抜けてくるのに大変苦労しました。あと、このエリアはオレンジのTシャツの人が多かった。

 

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先程の写真右手にあった階段を上ってきましたが、こちらも大勢の人が行き交っています。一体クエンカのどこからこれだけの人が集まっているのでしょう。近隣の街からも集まってきたりしているんでしょうか。ここでも屋台のようなものが出ていました。広場からかなり離れたところでも出ている辺り、街全体が祭りの会場となっているのが分かります。

 

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入り口にもありましたが、街中にも救急車が鎮座しておられました。こんな場所に止めていても、街中人でごった返しているのでろくに進めやしないと思うのですが、救護所的な扱いだったりするのでしょうか。これだけ人が多いと、怪我する人も多いでしょうから目に見えるところに救急車があると安心できますね。僕だっていつお世話になるかわかりませんし。

 

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炎の乙女の儀式が行われていた場所へ向かおうとしたのですが、めちゃくちゃ人がいて思うように進めません。作中で儀式が行われていたときも、こんなふうに人で溢れていたのでしょうか。

何とかたどり着くことが出来ましたが、周りは騒ぎまくった人ばかりなので、儀式と違って厳かな雰囲気は全くありません。ですが、こういう賑やかな雰囲気も悪くないものです。

 

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そうやって一人で、黄昏れながら写真なぞ撮っていますと、俺たちも一緒に撮ってくれ!とばかりに、3人組の連中に話しかけられました。最初は、「すわ、これが噂に聞くスペインの強盗ってやつか!」と思ったのですが、どうやら単純に祭りで浮かれているだけで、悪意は感じられませんでした。何言ってるかは全くわかりませんでしたが、カメラを向けると笑顔になってくれたので、向こうもまあ楽しんでくれているのでしょう。

その後、この場を離れようとすると先程の3人組が「ヘイ!俺たちについて来いよ!楽しませてやるぜ!」と、まあそんな事を言っていたか定かではないのですが、そういう感じの身振り手振りをしてきたため、「これは仲良くなって身ぐるみ剥がされるパターンでは!」と思ったのですが、まあ取られるにしても大したものは持ってないしまあいいか、さっき祭りに飛び込もうと思ったばかりだしなあと、アホ丸出しの思考で「いくぜ!」と突っ込んでいきました。

突っ込んでいったのはいいのですが、思い返してみると、この時点での所持品は、パスポート、デジカメ(旅行に備えて買った4万くらいのやつ)、財布(全財産)、と大したものしか持っていなかったため、自分の浅慮っぷりにはもう笑うしかありません。

 

3人組はいろいろと話しかけてくれるのですが、僕はスペイン語が全くわかりません。何とか拙い英語で返そうとしますが、向こうも英語はあまり得意でないらしく、どうにもちぐはぐな会話になってしまいます。その中から辛うじてお互いの年齢と名前くらいは伝えることに成功し(同年代でした、名前はマリオ以外忘れてしまった、申し訳ない)、その後はgoogle翻訳で簡単なやり取りをすることが出来ました。

その中で「お前は何をしに来たんだ?」という、まあ当然の質問があったので、「観光だ!」とこちらも当然のように返したら、「一人で来たのか?」と質問を重ねてきたので、これまた当然のように「一人だ!」と返したところ、やけに何かが面白かったようで3人組は笑いだしてしまいました。これがきっかけで一気に距離が縮まり、拙いやり取りを重ねているうちに、当初抱いていた強盗疑惑は綺麗さっぱり吹き飛んでいました。こういう素直な心を持っているところは、自分でも美しいと思います。

 

そうやって酒なんかをガブガブ飲みながら話しているうちに(酒はどっかからワインとビールをしこたま持ってきてくれた)、別の場所に移動することになりました。ちなみにこの辺の流れは、「話しているときにカメラとか触ってたら失礼かな」という小心すぎる僕の悪い面が出たために、一切写真がありません。今考えると相当にもったいないですね。

移動した場所は街の北東側にある城壁近くにある広場で、既に多くの人が集まっています。なんだか近くにはDJブースみたいなのを備えたトラックも停まっており、今から何か始まる気配がプンプンしています。どうやら僕に話しかけてくれた3人組は顔が広いらしく、広場に集まっていた人たちに僕のことをガンガン紹介していってくれます。僕はそのたびに「オラ!(やあ!)」と挨拶していたのですが、横から3人組の一人であるマリオが「「オラ!」はいけてない、「ママダ!」がいけてるぜ」と親切にも教えてくれたので、途中からは「ママダ!」と挨拶していたのですが、どうにも相手の様子がおかしいのが気に掛かりました。というのも、僕が挨拶すると男連中は大喜びし、女の子たちは皆顔をしかめてどこかへ行ってしまうのです。聡明なる僕はこの時点で何かがおかしいと思いましたが、酔った頭ではまともな判断もできず、その後も僕はマリオの言うとおりに「ママダ!」と言い続けたのでした。

 

しばらくすると音楽がかかりだし、広場に集まっていた人たちが一斉に踊りだしました。大体予想できていましたが、やはりダンスのために集まっていたようです。この時点で結構な量を飲んでいたので、酔いも手伝ってフラフラになりながら僕もダンスを踊っていたのですが、ここでもマリオが大活躍してくれます。何が面白いのか今となっては全く意味がわからないのですが、踊っている僕の足にじゃぶじゃぶと酒をかけてくるのです。足元に撒いているわけではなく、足というか靴に直接かけてきてました。マリオは安いシャブでもキメてきたんじゃないかと疑いたくなるほど笑いながら、僕の靴を紫色に染め上げてくれました。頭おかしいよ、こいつ。

マリオの躍進は留まることをしりません。どうやらダンスの音楽によっては、酒を飲んではいけないタイミングがあったようなのですが、その時間に限って僕に酒を勧めてくるという始末。酒を勧めるマリオと、何も知らないままそれを飲む僕、慌てて止めにくる周りの人間いう構図が、どうやら飲んではいけないタイミングがあるらしいと理解するまで続きました。理解するまでの僕は相当に調子に乗っていたので、右手にワイン、左手にビールという頭の悪い装備のまま、時折両方一気に飲むという、本当に頭の悪い行動を繰り広げていました。当然、この装備はマリオから受け継いだものです。調子に乗りすぎたマリオは最後の方は周りから殴られていました。

 

この辺りで思いもよらなかった方向から声が掛かりました。一人で祭りに来た挙げ句、スペイン語も話せないくせに、周りとワイワイしながら踊り狂ってる日本人が珍しかったのでしょうか、DJブースの方からお声が掛かりました。気がつくと広場の中心で踊っていたために、よほど目立っていたんでしょうね。導かれるままに、トラックに乗り込むことになりました。

 

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なぜかここは写真を撮っていたのですが、トラックの裏手にあった入口からDJブースに入っていきます。写真を見ていると、フラフラの状態でよくこんな場所に上っていったな・・・と思ったのですが、このときの僕は何も思わなかったのでしょうか。これ左手に転げていったら下手すりゃ死んでるよ。

 

DJブースに入った僕を迎えてくれたのは、熱烈な歓迎でした。先程まで一緒にいた3人組とその仲間たちが僕を呼びかけてくれます。全然知らない人だって口笛を吹いて盛り上げてくれます。ここで、横からDJが話しかけてくれたのですが、毎度のことながら何を言っているのかさっぱり分かりません。DJもそのへんを理解してくれたのか、簡単な英語で話しかけてくれるようになり、どうやら名前を聞かれているのだと理解することが出来ました。

名前を伝えると、さらに場が沸騰します。まあ正直ここにいるようなのは大半が酔っ払いですので、意味もわからないまま騒いでいるだけだとは思いますが、それでも自分のことで盛り上がってもらえると嬉しいものです。この瞬間だけは、まるでなにかの主人公にでもなった気分でした。調子に乗った僕は、未だに意味はわかっていませんでしたが、まあ受けるだろうと思い、DJからマイクを奪って「ママダ!」と叫びます。これがよっぽど良かったらしく、前の方にいた男連中を中心ににめちゃくちゃウケてました。あとちょっと女の子たちにもウケてたから嬉しかったです。

 その後は何故かビンゴのガラガラを回す係に就任し、ビンゴマシーンを回していたのですが、数字を読み上げることが出来ないという致命的な欠点が判明し、即座に解任させられるという憂き目にあいながらも、なんとか場を盛り上げたままにすることには成功し、広場に戻ることが出来たのでした。

 

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広場に戻った僕を待っていたのは、知らない人たちとの写真撮影ラッシュでした。面白いくらいに皆が一緒に写真を撮ろうと言ってくれます。ちょっとした有名人にでもなった気分でしたよ。

間抜け面を晒すのが憚られたため、モザイクを掛けさせていただきましたが、別に卑猥なものが写っていたとかそういうわけではありません。それにしても顔がもう面白いくらいに真っ赤になっています。隣の人の肌の色よりTシャツの色の方が僕の顔の色に近いんじゃないでしょうか。Tシャツも街に来たばかりのころにちょろっと濡れていたのとは比べ物にならないくらい紫になっています。もしかして最初からこういう柄だったんじゃないかってほど染まっていますね。これはほとんどマリオの仕業です。

 

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少し暗くなってしまいましたが、DJブースのあるトラックを撮っていないことを思い出したので、一枚撮っておきました。さっきまで自分があそこに立っていたなんて少し信じられません。まあ立っていたと言ってもビンゴマシーン回してあたふたしてただけですが。この時点でもうベロベロだったわけですが、DJブースの影響は凄まじく、出会う人出会う人が新しくお酒をくれたため、この辺りから急速に記憶が曖昧になっており、もう自分がどう行動していたのか思い出せなくなってしまいました。

 

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撮っている写真もブレブレのものばかりで、どれだけ酔っていたのかが伺えます。というか、写真に僕が写っていることから、誰かにカメラを託していたのでしょうが、今となっては全く思い出せません。一体誰が僕のカメラ(旅行前に4万くらいで買った新品)を持っていたというのでしょうか。せっかく僕を撮ってくれているところ悪いのですが、コイツも相当に酔っていたのかブレブレの写真ばかりでした。

 

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あんまりぶれていない写真もあったのですが、もう僕は完全に壊れてしまっていたようで、一人だけ躍動感たっぷりの全く状況がわからない写真ができあがっていました。他にも写真を整理していると、男と顔を向き合わせている写真が出てきたのですが、嫌な気配しかしませんでした。あまり想像してみたくもありませんが、こいつと接吻なんぞをカマしていないことを祈ります。このときばかりは、ぶっ壊れてしまった自分の記憶に感謝しました。記憶になかったことは起こっていないのと同じなのです。

 

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もはや何が撮りたかったのかも分かりませんが、写真に映る何かは微笑んでいるように見えるので、彼らに向けてシャッターを切っていたのでしょう。残念ながら彼らの笑顔は手ブレという悪魔に奪われてしまいましたが、彼らの気持ちは感じ取れます。手ぶれ補正が効いてなくても、伝わるものは伝わるのです。

 

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やはりというかなんというか、また僕だけがぶれてしまっていますが、この写真で見るべきところはそんなところにはありません。なんと、この僕が女の子と肩を組んでいるではありませんか。さっきから撮っている写真は野郎と写っているものばっかりで気が滅入っていたのですが(なんで祭りというボーナスステージでわざわざ男連中とばかりつるんでいたのか全く意味がわからなかった)、しっかりと押さえるべきところは押さえていたようです。まあぶっちゃけ、このときのことは全く記憶に残っていないため、記憶が吹っ飛ぶほど飲み続けた自分を思わず呪ってしまいました。記憶になかったことは起こっていないのと同じなのです。

この辺りから何故かTシャツが変わっているのですが、これには理由があります。元々着ていたTシャツがワインのかけられすぎで紫一色になったころ、どこからか現れたマッチョマンが僕のTシャツを無残にも腕っぷしのみで引きちぎっていったのです。流石にそれは話盛りすぎだろ?と思われるかもしれませんが、恐ろしいことにこのシーンだけはあまりの衝撃からか、記憶がはっきりしているため真実です。あるいは酔い過ぎた僕が、Tシャツが変わっているという事実を整合するために適当な記憶を作り出してしまったということも考えられますが、流石にそこまで自分の頭が狂っているとは思いたくありませんので、マッチョマンが引きちぎっていった、というのが真実なのでしょう。

ちなみにこのままでは僕の上半身は裸のままですので、何か着なければとも思ったのですが、そんなに都合よく替えの服を持ってきているはずもなく、しばらくはそのままで過ごしておりました。するとそれを不憫に思ったのか、どこからかTシャツを持ってきてくれた人がいたのですが、明らかに「お前それどっかで拾ってきただろ」というレベルでぐしゃぐしゃになっていた挙げ句、既にワインでビシャビシャになっていたので、正直あまり着たくはなかったのですが、文句を言う暇もないまま、有無を言わせずに着せられてしまいました。嫌だなあと思っていたはずですが、着てから5分も経たないうちに全く気にしなくなっていたため、自分の単純さには呆れるばかりです。でもこういう素直なところは自分でも褒めてあげたいところですね。

 

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その後も狂乱の夜は更けていきます。完全に全てが忘却の彼方なのですが、この夜最後に残されていた写真がこれでした。何があったかはわからないけど、ただ楽しかったということは伝わってくる、この夜をあらわす良い一枚になっていると思います。もはや名前どころか顔も禄に覚えていませんが、ふらっと立ち寄っただけの旅行者でしかなった僕を、ここまで受け入れてくれたことには感謝の気持ちしかありません。この夜だけは、僕もクエンカを構成する一員になれたような気がしました。

 

それっぽく書いてはいますが、実際のところはというと、トラックを降りたあたりからもう記憶は曖昧になっており、ブレている写真に至っては一枚たりとも撮ったときの記憶がありません。そんな僕ではありますが、次に記憶が戻ったのは見知らぬベッドの上でした。急にこんなことを書かれても意味がわからないと思いますが、勿論僕も最初は意味がわかりませんでした。徐々に鮮明になってくる頭を起こすと、そこに飛び込んできた光景は、どうみても病院のそれだったため、僕は一瞬であまり把握したくはない状況を把握してしまったのでした。

おそらく調子に乗りすぎた僕は急性アルコール中毒という大学生の代名詞みたいなものに陥ってしまい、通報してくれた誰かのおかげでここまで運ばれてきたのでしょう。まさか異国の地で倒れるハメになるとは思いもしませんでした。ふと違和感を感じ、左腕を見てみると、思いっきり注射針が刺さっていました。まさか変な薬を注入されているということはないと思いますが、得体の知れない液体が知らぬ間に自分の体内に流れ込んでいたことを思うと少し泣きそうになりました。しかも、どうやらメガネがどこかにいってしまったようです。こんな状態ではこの後の行程に支障をきたすこと間違いなしです。泣きっ面に蜂とはまさしくこのことを言うのでしょう。

しばらくすると看護婦さんらしき人が、僕の目覚めに気づき、何事かを話しかけながら針を抜いてくれたのですが、この時ほど言語が通じない恐ろしさを感じたことはありませんでした。おそらく僕のことについて話してくれているのでしょうが、自分のことのはずなのに全く意味がわかりません。何がどうなってここに運ばれてきたのか、本当に急性アルコール中毒なのか、この注射は何なのか、想像するしかないのです。これが恐怖でなくて何になるというのでしょう。

 

話が一段落すると、どこからか僕のリュックを持ってきてくれました。すっかり忘れていたのですが、そういえば僕は、パスポート、デジカメ、財布といった超貴重品ばかりを入れたリュックを背負ったままで祭りに参加していたのです。我ながらあまりの間抜けっぷりに呆れてしまいます。

この時もう既に、「スペインって首絞め強盗とかもいるらしいし、財布とデジカメは失くなってるかもなあ、せめてパスポートだけは・・・!」と祈るような気持ちになっていたのですが、リュックを開けてみると驚いたことに全て無事であったため、僕はクエンカという街への感謝を止めることが出来ませんでした。いやー、すごいよクエンカ。粗相をやらかした僕に対してでも、こんなにも優しいとは思いもよらなかった。しかもよく見ると何故かリュックの中からメガネが出てきました。酔った僕がわざわざ入れたとは思えないので、僕が倒れた時点で誰かが失くしてはいけないとリュックに入れてくれていたのでしょう。ほんとうすごいよクエンカ。もう生まれ育った街より好きかもしれない。ただリュックがめちゃくちゃ濡れており、酒の匂いしか漂ってこなかったことだけは、理解できませんでした。何をされたらこんなに酒まみれになれるんだ。

 

そうこうしていると、次は医者の先生らしき人が出てきました。この頃にはもう心も平静を取り戻していたので、相変わらず何言っているのか分からない先生にも対応出来ていたのですが(わけも分からず頷いていただけ)、ここでとんでもないマジックアイテムが先生から大事にするんだぞと言わんばかりに手渡されました。そこには僕の名前と小難しいスペイン語がつらつらと書かれた一枚の紙がありました。まさかこんな場面で僕宛に手紙を書いてきたなんてことは無いでしょうから、聡明なる僕が考えるにこれは診断書に類するものだと思われます。不安に満ちていた心に光が差し込みます。帰ってからこれを翻訳にかければ、なぜ病院にいたのか、腕に刺さっていた注射は何なのか、疑問も氷解することでしょう。リュックは未だに湿っていたため、これが滲んではいけないと大切に抱えてホテルに戻ることにします。

 

ここで大変なことに気づいてしまいます。ホテルに戻ろうにも、ここは病院で僕は何かよくわからないにせよ一泊する形で治療を受けています。退院やそれに伴う支払いをする必要があるのでしょうが、このあたりの手続きが全くわかりません。いくら掛かってしまうのでしょうか、保険は使えるのでしょうか。僕は基本的に物事を舐め腐って考えているため、クレジットカードに付随している旅行保険程度しかないのですが、どう考えても即座に使えるとは思えませんし、そもそも急性アルコール中毒は対象に含まれるのでしょうか。一度全額払う必要があるにしても、カードの限度額で足りるのだろうか、足りない分は病院でタダ働きでもしないといけないんじゃないだろうか。

不安が解消されたと思ったのもつかの間、また新たな不安が僕の心を蝕んできます。もしや先程渡された紙は請求書だったのではないかと思い、確認してみましたが、金額らしい数字は書かれておらず、結局僕はどうしていいかわからなくなり、ベッドから動けなくなってしまいました。そうしているうちに、しびれを切らしたらしい看護婦さんが、あっちへ行けとばかりに行くべき方向を指し示し、案内してくれました。分からぬままについていくと、そこはもう病院の出口で、育ちが良すぎる僕は、「支払いも済んでいないのに出てしまっていいのだろうか」と迷ってしまいました。改めて看護婦さんの方を見ると、もうすでにいなくなってしまっていたので、「出口に案内したってことは出ていいってことだよな」と驚くほど自分に都合がいい解釈をした末に、病院を出ることに決めました。

 

病院を出た僕を待ち受けていたのは、全く見知らぬ土地と、激しすぎる二日酔いでした。見知らぬ土地という問題は、地図を見ることであっさり解決したのですが、二日酔いの方はというと、一週間くらい酔い続けたらこんな体調になるのではないかというほどに最悪で、なぜこんな辛い目に合わなければならないのか、どうして世界はいつまで経っても平和にならないのか、考えずにはいられませんでした。幸いなことにホテルは歩いて30分ほどの距離にあったため、なんとか歩いて帰ることが出来たのですが、数歩進むだけで吐きそうになる、というか実際に吐いてしまったという体たらくの上、Tシャツどころかパンツまでが酒で濡れているという有様だったため、すれ違う通行人からはたいそう不審な目で見られてしまいました。あと、せっかく貰った診断書らしい紙ですが、途中で吐いた際に思いっきり吐瀉物が掛かってしまい、もうどうしようも失くなってしまったので泣く泣く捨てていきました。こういう諦めが早いところはロックだな、と自分でも思います。

それでもなんとか歩ききってホテルに戻った頃には体調も少しマシになったような気がしましたが、実際のところは全てまやかしであり、部屋に戻った瞬間に気分は最悪になり動けなくなってしまいました。予定では今日は朝から移動としており、既にチケットも取ってしまっていたため、あまり余裕はなかったのですが、そうと理解していても、もはや動ける状態ではありませんでした。

 

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それでも風呂に入らなければ、くたばったままでは折角とったチケットも無駄になってしまいます。結局、僕を奮い立たせてくれたのはケチな心だったのですから自分でも呆れてしまいます。ふと鏡を見ると、あまりの汚さに笑ってしまったため、戒めとして記録を残しておくことにしました。病院だとそんな余裕はなかったですからね。いつの間にか入れ替わっていたTシャツは記念に持って帰ろうとも思ったのですが、めちゃくちゃ臭いわ、洗濯しても色が抜けそうにないわで、即行にゴミ箱行きが決定しました。

風呂というのはどこで入っても素晴らしいもので、落ちていた気分も洗い流してしまえば、もう前を向いていました。よく考えると、異国で飲みすぎてぶっ倒れるなんてのは完全に自業自得以外のなにものでもありませんので、後悔なんてしても仕方ないのです。そんなことを考えているなら、次の場所に進み、気分を晴らすほうがいくらか建設的というものでしょう。

 

 

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そうして、僕は次の目的地へと向かいます。風呂に入り、着替えも済ませたので気分も一新され、穏やかです。天気も良く、絶好の旅日和だと言えるでしょう。ただひとつ、この気分に水を差したものがありました。旅における最重要アイテムと言っても過言ではないこれは、前日の祭りの影響を色濃く受けており、変わり果てた姿になってしまっていたのです。

マリオ、お前が酒をぶっかけまくった靴はすっかり紫色になって、脱いだら足からとんでもないアルコール臭がする魔物に変わっちまってたよ。靴下もすぐにグチョグチョになるもんだから気持ち悪くて仕方ねえ。なにを思ってこんな事したんだよ・・・。

 

ちなみに、祭りのあいだ事あるごとに叫んでいた「ママダ!」ですが、あとで辞書を引いてみると、恐ろしいことに「フェラチオ」と出てきました。説明するまでもなく、男性器を口に含んでどうこうするという淫猥極まりない行為のことですね。男連中が喜んでくれるからと、調子に乗って言いまくっていたのですが、よくもまあ通報されなかったものです。というか僕は、初対面の女性に向かって「フェラチオ!」とか言ってたわけですか、完全にキチガイじゃないですか・・・。

この「ママダ!」も教えてくれたのはマリオでした。どこがイケてる挨拶なんだよ。

何年越しになるかはわかりませんが、いずれ本人を見つけ出して文句を言ってやろうと思います。また会ったときには飲み明かそうな。

 

 

これを読むであろう君たちに、太古の賢人によると言われる以下の言葉を贈る。

 

呑ンダラ「ノル」ナ

「ノル」ナラ呑ムナ

酒ハ呑ンデモ

呑マレルナ