インターネットのけもの

全て妄想です。

最近読んだ本たち

ただでさえ思いつきでしか更新しないブログなのに、最近は金玉がどうだ、陰毛がどうだ、と知能指数が地面スレスレどころか地中に潜ってしまったような日記しか書いていなかったため、ちょっとここらで知性をアピールする日記を書いてやろうと思います。

とは思ったものの、知性をアピールする方法が特に思い浮かばなかったので、最近読んだ本のリストでも挙げていきます。

 

知性をアピールするために出てきたアイデアが読書、という逆に発想の貧困さを晒すものであったことについては目を瞑ることにしました。

 

 

・「星を継ぐもの」

・「海底二万里

・「バック・トゥ・ザ・フューチャー

・「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」

・「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」

・「宇宙の孤児」

・「テイルチェイサーの歌」

・「地球の長い午後」

 

 

知性をアピールといいつつ、8冊しか出てこなかったことに、僕自身驚きを隠せないのですが、これが僕の限界なのでしょう。悔しいので、これから本を読むたびにここに付け加えていってやります。目指すは100冊です。

 

 

あと、どうでもいいのですが、僕がこうも金玉とか陰毛だとか下品な話が好きな理由として、もちろんインターネットが大部分を占めていることは間違いないのですが、それとは別にもう一つ、バイト先での出来事があるような気がしてなりません。

僕が高校生の時、中華料理店でアルバイトをしていた時の話です。

かなり本格的な中華料理店で、料理は本場中国からやってきた料理人が担い、僕たちバイトはホールのみというお店でした。普段は交流が殆どない両者でしたが、いがみ合ったりということはなく、店の裏で休んでいるときなんかは普通に話をしている、そんな間柄でした。まあ向こうはいい歳のおっさんばかりで、こちらは高校生ばかりでしたから、ただ単に息子に接しているような気分だったのかもしれません。

お店ではまかないが出ていたのですが、これがまた美味しく、僕は素直に「料理人ってやっぱすげえなあ」と感心していました。たまに謎のカレーがまかないとして出されるときもあったのですが、それも普通に美味しかったのには驚きました。バイトの勤続期間も徐々に増え、料理人さん達と冗談を言い合うようなことも出てきた、そんなある日のことです。

 

僕が店の裏手でビールケースを整理していると、劉(りゅう)さんが話しかけてきました。いつもどおりの他愛のない会話をしていたはずだったのですが、何が狂ったのか、突然劉さんがそれまでに発したことのなかったワードを投げかけてきました。

「最近、ちんこの勃ちが悪くなってきてなあ」

「…!?」

それまでに冗談を言い合ったことはありましたが、劉さんの口からシモネタを聞いたのは初めてのことでした。あのいつも笑顔で出来上がった料理を渡してくれる劉さんの口から、ちんこ…?僕が上手く反応出来ないでいると、それに構わず劉さんが続けます。

「あの湯と水に交互に浸けるってやつあるやろ?あれ試してみてんけどすごいもんやな。硬さが復活するどころか、前よりも硬くなった気がするわ!」

「お湯はお風呂の温度くらいなんですかね??」

僕もテンパってしまって訳のわからない事を聞いてしまっています。しっかりして!もっと聞くべきところがあるでしょう!

しかし、それにも劉さんはサラリと答えます。

「お湯はまあそんなとこやなー。あんまり温度高すぎると金玉がやられるかもしれんからな。その代わりに水はキンキンに冷やしたん使ってるで!」

そう言うと劉さんは厨房へ帰っていきました。あとに残されたのは途中からビールケースの整理を忘れていた僕だけ。

そして僕は思いました。

ああ、世の中って真面目なように見えても皆自由に好き勝手やってるんだなあ、と。

当時の僕はいい歳こいて「うんこ・ちんこ・まんこ」と言ってるような連中はインターネットの中にしかいないものと思っていましたが、実際にはそのへんに普通にいるし、なんならその話題を平気で投げかけてくるものだと知りました。

 

思い返しながら書き出してみると、じゃあ何故僕は下品な話題が好きなのか、という部分にはうまく繋がっていないような気がしてきたのですが、まあ人の好き嫌いなんかは得てしてそういうものでしょう。全部が全部、理屈で示せるものでもないのです。

という、無理やりいい話風にまとめたところで終わります。結局今日もシモの話になってしまった。

燃えろよ燃えろ

先程、生まれてはじめて自らの陰毛に火をつけるという行為をしてきました。

これが中々に楽しかったので、記録の意味も兼ねて書き残しておこうと思います。

 

 

 

 

今回とある事情から陰毛を処理する必要に駆られた僕が、どう処理したものかな…?と闇を体現したスチールウールのような陰毛を眺めていると、一つの考えが頭をよぎりました。

「燃やしたほうが早いのでは…?」

もちろんこの考えは即座に却下されかかったのですが、そんな僕を引き止めたのがインターネットの思い出たちでした。

 

僕が憧れていたインターネットには弩級の変人たちが集っており、その一角に「自らの陰毛を燃やす」ことを趣味としている人たちがいました。彼らは主に宴席において、場がほどよく暖まったころに性器を露出、余勢を駆って陰毛に火を放つ、そしてその一連の流れをインターネット上に公開する(時には写真付きで)、という余人には到底理解できないことを楽しんでいました。

彼らの行動において、僕が理解できる部分は少なかったのですが、それはそれとしても、やはり陰毛に火をつけるというインパクトはすごく、当時まだ中学生、高校生だった僕もゲラゲラと笑ったものでした。しかし、時代の流れかなんなのか、最近ではそういった行為をする人も少なくなったようで、陰毛に火をつける人を見かけることもなくなり、一抹のさびしさを覚えていました。

 

そう、僕は寂しかったのです。

陰毛を燃やす人が表に出てこなくなり、品行方正が求められるあまり、下品さがどんどん失われていくインターネットに飽き飽きしていました。僕は下品なものが大好きなのです。

燃やす人がいないのなら、自分が燃やす人になろう。

自らの陰毛に火を放つことを決意した瞬間でした。

 

決意とかそういう言葉を使うと格好良く見えるかと思ったけど、全然格好良くないですね。自分の陰毛燃やそうとしてるだけですしね。

あと、どっちかって言うと「チン毛ってほんまに燃えるんかなあ、燃やしたらどんな感じになるんやろ?」という、知能指数が低すぎるとしか言いようがない疑問を満たすためだったという方が大きかったです。この疑問が満たされたとき、過去に陰毛を燃やしてきた人たちに少しだけ近づけるような気がしていました。よく考えてみると、そんな人たちに近づいたところで、碌な人間になれないことはほぼ確実なのですが、このときの僕はそれが良いことだと信じてしまっていたのです。

 

 

ともかく、燃やすことは決定したので、準備を始めます。

火を使うことを考えると、万が一があってはいけないのでお風呂場がベストでしょう。そのままカットまで行えるのも良い点です。ただ一つだけ問題がありました。

僕は実家暮らしの身分なのですが、お風呂で陰毛を燃やしているところを両親に発見されてしまうと、どう好意的に解釈してもあまりよろしくない結果が導かれるであろうことは容易に推測できます。最悪の場合、入院措置なんかがとられるかもしれません(頭の)。

これを避けるために僕が選んだ選択肢は、「おばあちゃん家のお風呂場でやる」でした。おばあちゃんは早々に寝てしまうので、夜に実行すれば見られることはまずありませんし、何よりも、まさか孫がわざわざ陰毛を燃やすためにおばあちゃん家に来たとは思わない。盲点を突いた奇手と言えるでしょう。

 

さっそくライターとハサミ、ついでに記録用のデジカメを持っておばあちゃん家のお風呂場へ。僕はタバコを吸わないので、ライター買ってこないとなあと思っていたのですが、ちょうど先月参加した「おっさんは二度死ぬ」トークライブ&サイン会でもらったライターが手元にあったのでそれを使いました。ありがとう、patoさん。

デジカメをセットし、ライターからちゃんと火が出ることを確認します。念の為にシャワーは出しっぱなしです。他に必要なものは覚悟くらいです。嗚呼、やっと彼らに近づける時が来たんだ…。

覚悟も決まり、ライターを陰毛に近づけます。

さあ、燃えろよ!燃えろ!

 

轟!っと燃えだすかと思ったのですが、何だか陰毛がチリチリになるだけで一向に燃えてくれません。それでもめげずに角度を変えながら火をつけていると、しっかり燃えてくれる箇所も出てきたのですが、精々が小火といった具合で、思ったよりも大きくなってくれません。あれ?おかしいな。もっと燃え広がって、「うおー!めっちゃチン毛燃えてるー!」ってなるはずだったのにな。

そんな僕の思いをよそにみるみるうちに消えていく火。火傷しないようにと予め出しておいたシャワーとかは全くの無意味だったようです。

もっと毛を寄せて火をつけたほうがいいのか?と思い、陰毛に手を伸ばしたのですが、その途端にパラパラとこぼれ落ちる燃えカス。どうやら燃えた後も陰毛同士で絡まり合って残されていたようです。払い除けてみると、ちょっとびっくりするくらいの量の燃えカスが登場してくれました。

加えて、毛を燃やした時に発生するあの独特な嫌な臭い。これがとんでもないレベルで充満しています。おばあちゃん家でやって本当に良かった…。これが実家なら、臭いで異変を感じ取った両親がお風呂場に急行。そこで見つけたのはカメラの前で謎の燃えカスの上に仁王立ちしながら自らの股間にライターを当てている息子だった、というその場で首を掻っ切ってもおかしくない状況になっていたでしょうからね。

 

結局、最後まで思ったほど燃えないという結果には変わりがなかったのですが、火を当てるだけでもかなり処理ができるらしく、ある程度ライターを使った後には、毛量もかなり少なくなっていました。あとはハサミで整えて終了です。

整えるとは言っても、具体的なビジョンがなかったので、ザックリ短く揃えるようにしただけなのですが、それだけでも案外難しいものですね。チン毛を切るだけなのに、なぜか美容師ってやっぱ技術職なんだなあとか妙にトンチンカンなことを考えていました。

燃やして量を減らしてからカットしただけあって、かなり良い感じに仕上がったように思います。季節はまさに夏!といったよそおいです。ちょっとこれ以上に爽やかな股間ってのもそうそう無いんじゃないかな?めちゃくちゃキレイになった。

場所が場所なだけに、自分でしか判断できないのがネックだな、とか思っていたのですが、そもそも今回なぜ陰毛を処理する必要が出てきたのか、というところを思い返してみると、仕上がり具合の確認は他の人達に任せるべきではないのか、という気がしてきました。

 

 

それは8月11日、コミックマーケット96の3日目が終わった後のことでした。

この日、あるサークルのお手伝いとしてコミケに参加していた僕は、当然のようにそのサークルの打ち上げにも参加していました。サークルの主が誕生日を迎えたばかりだということで、誕生日会も兼ねたその集まりには当初10名ちょっとが参加していました。

その後、もっと人を呼ぼうとの試みから、自由に参加者を募るようになり、最終的な人数は50名を超えていたように思います。ここまでくると、サークルの打ち上げだとか、誕生日会だとか、そういった目的は薄れてしまい、ただただ飲み会といった様相を呈していました。

寡黙にして品行方正な僕は、そうやって増えていく人を見つめながらも、生来の人見知りを遺憾なく発揮し、隅っこのテーブルで知り合いと飲んでいたのですが、酒癖の悪さも手伝ってか、いつの間にか初対面の女性を含む6名ほどの前で陰毛を露出するという痴態を晒していました。

唐突すぎて意味がわかりませんが、僕にも意味はわかりません。ただ後に写真を確認すると僕のズボンを嬉しそうにずらしている男性の姿が確認できたため、僕だけの責任ではないのだと思います。というか、そういうことにさせておいてください。きっと話の流れとか、そういう、どうにも抗えないもののせいでそうなってしまっていたのでしょう。どういう話なんだよと聞かれては答えに窮するのですが、まあそういうこともあるのだ、ということで一つ。

 

本当に経緯は全くわからないのですが、兎にも角にも僕は陰毛を露出してしまっていたのです。それも、内訳としては男性2名、女性4名(うち2名は初対面)であったため、もはやどうしようもありません。

しかし、驚いたことに僕の陰毛を見た人たちは嫌な顔をするどころか、笑みを浮かべています。中には(というかほぼ全員)、カメラを向けている人までいました。僕の陰毛を撮って何が楽しんでしょうか。僕は日本の行く末を悲観せずにはいられませんでした。

そして一通り楽しんだ女性陣から発せられた衝撃の一言に、僕は戸惑いを隠しきれませんでした。

「陰毛が、濃い」

そのあまりにもストレートすぎる指摘に、僕は陰毛を処理することを決意したのでした。

はじめは濃くない!と抗弁していた僕でしたが、指摘してきたのが4人中4人という驚異の数字(まさかの100%!)だったため、渋々納得するしかありませんでした。まあ、ちょうど夏だしね、スッキリするのも悪くないよ…。

 

というかですね!陰毛の濃さを指摘する女性っていうのは一体全体どういった了見なんですか!大和撫子の精神は失われてしまったのですか!貞淑さとかたおやかさとか、そういったものはどこへいったんですか!

濃いか薄いかってのは相対的な尺度ですから、つまり陰毛の濃さを指摘出来るということは、それだけ多くの陰毛を見てきたことの証左に他なりません。僕はね、やっぱりそういうのって秘するべきだと思う。自分が今までにどんな陰毛を見てきたとか、そういうのって言わなくてもいいと思う。

でもあれか。別にその陰毛を見たってのは直接じゃないことも有りえるのか。例えばAVなんかをいっぱい見てると陰毛が濃いか薄いかは判断できるだろうしな。AVばかり見てる女性というのもなかなか…。あるいは自分の陰毛と比べて、ってパターンも有りえるのか。自分とあまりにも違っていたらそりゃ濃いとか思うもんな。

これは結構妄想が膨らんでいくのでは…?とか思いましたけど、この方向に考えをのばしていくと、どうやっても気持ち悪くしかならなかったのでそろそろ止めておきます。そもそも、飲み会でチン毛ほっぽり出している人に貞淑さがどうこうとか言われたくないだろうし。

 

なんか話がぶれてしまいましたが、僕が言いたいのはつまり、「人様に陰毛が濃いって言うくらいだから、おたくのはよっぽど薄いんだろうなあ!ちょっくら見せてみろや!」ということです。

嘘。間違えた。

ほんとうは、「ちゃんとキレイに整えたからもう一回見て判断してくれ、それが責任というものでは?」ということです。

どっちにせよ酷いですね!

本当に露出狂のケはまったくないのですが、こういう日記を書いていると、そのように振る舞ってしまうので良くないですね。僕は品行方正な男だったはずなのに。

 

 

今回陰毛を燃やしてみて分かったことは、まじで陰毛って燃えないんだなってことでした。僕が昔見たインターネットでは皆バンバン燃えてたし、画像でも煌々と燃え盛っていたように思うのですが、実際は上手くいかないものでした。

思うに、陰毛を燃やすのにもコツがあり、彼らはそれを実践していたということなのでしょう。良くも悪くもプロだったということです。ただ燃やしただけの僕とでは大違いです。

 

いい加減、陰毛って書きすぎて頭がおかしくなりそうなのでもう終わります。数えたら36回も書いてたよ。全部燃やそう。

金玉は二度死ぬ

他意は無いのですが、思いついてしまったのでこのタイトルにせざるを得ませんでした。一度頭をよぎってしまうと他のタイトルが思いつかないものです。申し訳ない。小学生並みの貧困な発想しか出来ない僕をどうか許して下さい。

 

タイトルには「死ぬ」などという物騒な単語が出てきていますが、実際には僕の金玉はまだ死んでいません。ですがここ半年ほどの期間において、二度に渡って金玉から発せられる痛みに苦しめられていたのも、また事実です。今日の日記はただただ金玉が痛いだけの日記です。全く関係ないタイトルというわけでもないのですよ。

 

 

 

初めて異変を感じたのはまだ時代が平成だったころ、最後の天皇誕生日が迫っていたあたりだったと記憶しています。

普段は超健康優良児であるところの僕ですが、このときは普段と違う気配を敏感に察知していました。なんだか棒と玉で言うところの玉、学術的に言えば陰嚢、詩的に表現すればおいなりさん、有り体に言えば金玉ですね、男性のシンボルと言っても過言ではないこの部分がズキズキと痛むのです。

敏感に察知とか言ってますが、実際には椅子に座ると痛む、歩いていても痛む、寝ようと横になったらまた痛む、と明らかに尋常ではない状態だったため、これは自分の体にとんでもないことが起きているのでは…?と疑心暗鬼に陥ったものでしたが、僕は病院には行きませんでした。なぜなら、それだけ痛みを感じていてもなお、「まあそのうち勝手に治るだろう」という楽観的すぎる考えがあったからです。

 

しかし、そんな甘い考えだった僕を絶望の底に叩き落とす出来事が起こります。

一言で言うと、血が出た。

血が出た、だけでは血尿と間違えられるかもしれないのでハッキリと言いますが、精子と一緒に血が、出ました。その日もいつものようにオナニーをしていて、そろそろ果てますわと欲望の塊をティッシュに受け止めさせたところ、手にしたティッシュ(僕はいつも2枚重ねて使います)には見慣れたはずの白だけではなく、まさに鮮血としか表現の出来ない赤が一筋の光のように顕現していました。

何かの見間違い、あるいはこのティッシュはもともとこんな柄だったかな?と現実逃避を試みたのですが、時間が経つにつれて滲んでいく赤は紛れもなく血のそれで、真っ白なキャンパスに落とされた赤の直線は抽象画のようにも見えました。抽象画を見て「こんな絵がウン百万!?俺でも描けるわ!」と思ったことは誰しもがあると思いますが、今なら言えます。抽象画は簡単に描けるものではありません、血の出る努力の果てに生み出されるものなのです。

今にして思えばこの渾身の一枚を何らかの形で残しておけばよかったのですが、血が滲んでいく様子に正気を失ってしまった僕は、必殺の「何も見なかったことにしよう」を発動、普段のオナティッシュと共にゴミ箱にこの名画を叩き込んでしまったのでした。歴史の陰にはこのように失われた名画も数多くあることでしょう。

血が出てきたところにいよいよ感がありますが、それでも僕はまだ病院へ行きませんでした。疑心暗鬼は深まるばかりで、自転車の振動が悪そうだからと立ち漕ぎメインで移動したり、体調が悪いのが全ての元凶だと早寝をしてみたりと、思い込みレベルの対策しか取りませんでした。ここに至ってもまだ、「まあそのうち勝手に治るだろう」という考えがあったからです。もはや、頭の病気も併せて疑うレベルです。

 

その後はもちろん痛みが勝手に引いていくということはなく、むしろ痛みは増していくばかり。血が出てからは「また血が出たらどうしよう」という呪縛に囚われてしまい、オナニーも全然出来ていません。折しも時期は年末年始を迎える直前。下手に正月に悪化した場合、病院が空いておらず治療が手遅れに、齢26にして玉無し生活を強いられる。というパターンもありえましたので、意を決して病院へ行くことへ決めました。初めに痛みを感じてから2週間以上、血が出てからは1週間ほどが経過していました。すでに手遅れかもしれません。

ちょうどこの時は、「2018年G1観戦記」という名前の通り、2018年に開催されるG1を全て現地で観戦するという、もう二度とやりたくないタイプの遊びを誰に言われたでもなくやっていた関係で、地元大阪を離れて東京を訪れていました。継続して診察してもらうことを考えると大阪で診てもらったほうが良いのは明らかですが、正月まで大阪に帰る予定はなかったので、とりあえず重大な病ではないかだけでも確認しておこうと、ネットでサクッと調べた泌尿器科で診察をしてもらうことに決めました。

キレイな女医さんが出てきたらどうしよう?とか考えていましたが、現れたのは完全無欠におっさんでした。まあそんなものです。検尿を済ませ、診察が始まります。

当然のことですが、問診だけでは何も分からないため、一通りいつから痛いとか血が出たとかの説明を終えると、とりあえず脱いでみよっかとチープなAVのようなセリフを投げかけられ、おっさんにむけてブツを露出させることになりました。おっさんも慣れたもので、触診と称して玉を優しく触ってみたり、どこからか取り出したジェルを玉に塗りたくってレントゲンみたいなものを撮ったりと、スムーズに進行していきました。ただ、ジェルを塗りたくられた時は正直ヤバかった。何がとはいいませんが、これがキレイな女医さんとかならまあヤバかった。

 

淡々と進んだ診察の結果、どうやら僕の玉の中にはどこからか雑菌が入ってしまったようで、それが原因で「精巣上体炎」なる病気になっているとのことでした。「精巣上体炎」は読んで字の如く、精巣に病原菌が入ってしまうことで炎症を引き起こすという、まあ聞いてみればすぐ理解できる疾患だったのですが、腑に落ちない点が2箇所ありました。

まず、雑菌が入るような行為をした覚えが一切無いということです。強いて言えばオナニーくらいですが、僕はオナニーの前後にちゃんと手を洗うタイプの人間ですので、おもむろにオナニーを始めるような人間よりかは遥かに感染する可能性が低いはずです。

もう一つは、「精巣上体炎」では精子に血が混じったりはしない、ということです。この症状が病院に行くための大きな後押しになっていたのですが、どうやらこいつは今回の件とは関係無かったようです。しかしながら、血が出たというのはあの日の僕が幻覚を見ていたのでなければ事実であり、これの対処が出来ないままでは恐怖が残ります。そのあたりも先生に相談したのですが、「精巣上体炎が治っても血が出るならまた病院へ来てください」という僕でも言えるレベルのアドバイスしかなかったのでどうすることも出来ませんでした。

その後は1週間分の薬をもらい、ちゃんと1日1錠飲みなさい、薬を飲みきっても痛みが引かなければ地元でちゃんと病院にかかりなさいと指示を受け、地元でかかるときにスムーズに診察が進むようにと診察結果のメモまで書いてくれました。血が出る原因は判明しませんでしたが、親身になってくれた診察と、薬を飲んでいれば治る症状だと分かったことで僕の心はずいぶん軽くなりました。

おかげで、年末年始は、忘年会に新年会、一人でのんびり旅行とずいぶん楽しむことが出来ました。はしゃいではいましたが、先生の言葉は忘れていません。どれだけ酔っ払うことがあっても薬を飲むことだけは欠かしませんでした。そのかいあってか、もらった薬を飲み終わり、正月が明けるころには痛みもずいぶんマシになっていました。

 

しかし、そこからさらに1週間ほど経過すると、事態は急変します。まあ予想がつくと思いますが、まったく治っていませんでした。治ったような気がしていただけで、実際にはまた強烈な痛みが再発したのです。

まあ病名はもう分かっていますし、薬を飲んでいる間は確かに症状が収まっていたのですから、あとは継続して薬を飲んでいれば治るでしょう。そんな軽い気持ちで近所の泌尿器科に赴きました。

まあここではびっくりするくらい怒られた。怒られすぎて「なんでこんなに怒られなきゃいけないんだろうか」と冷静になってしまうくらい怒られた。

怒られた理由もそれなりに納得いくものだったので、こちらも言い返したりはしませんでしたが、説教じみた怒られ方、というのがあまりにも久々すぎて、何だか少し笑いそうになりました。

薬を飲み終わっても痛みが残っているなら病院へ行くべきだった、そもそも何故血が出た時点で病院へ来ないのか、遠方の病院にかかっても継続して行けないのだから意味がない、薬飲んでる時期に酒を飲むんじゃないと、説教は止まりません。

そのうち、薬出す時に酒を飲んじゃ駄目って説明しない医師はヘボ、メモの字も汚いしなんなんだ、どうせ診察も適当だっただろうから俺がしっかり見る、と最初に僕を見てくれた医師をヤブ扱いしだす始末。ここまで言うのだから、こちらの先生はさぞかし立派なのだろうと、これから受ける診察にも期待してしまいます。この先生なら血が出た原因も突き止めてくれるかもしれない!

 

蓋を開けてみると、診察結果は「精巣上体炎」、血が出た理由は分からないという、最初の先生のメモどおりの診察結果でした。なんかどこかを切っていたのかもしれないみたいなことは言ってましたが、そりゃそうだろとしか思えませんでした。あと、触診されているときには当然玉を触られることになるわけですが、この時の手付きが完全にヤンキー漫画に出てくるクルミガリガリいわせている人のそれで、滅茶苦茶痛いわ、このまま潰されるんじゃないかと不安になるわで、なんだかもう大変でした。

処方された薬も全く同じで、もはや最初の先生にケチつけてたことを謝りに行って欲しいレベルなのですが、先生はどこか満足げでした。

こちらの先生の指示通り、2週間に渡って薬を飲んでいると痛みはみるみる引いていき、最終的には治ったとの太鼓判を押していただきました。まあ治ったかどうかの判断が、問診や触診によるものではなく、2週間ちゃんと薬を飲んでいたから大丈夫だろうという、薬の性能を信頼しきったものであったところが気にはなりましたが(最後の尾診察は1分くらい会話しただけで終わった)、まあ痛みもほぼ無いし、先生がそう言うなら間違いなく治ったのでしょう。僕は悠々と病院をあとにしたのでした。

 

 

それから約5ヶ月後。

そこには再び「精巣上体炎」に苦しむ僕の姿がありました。

今までの文章で二度死んでるじゃないかと思われたかもしれませんが、この年末年始の出来事は1回分で、ここからが2回目です。僕もさっきで終わりだと思っていたし終わりたかったです。なんでこんなに金玉のこと書いてるんだ。

前回の火種が燻り続けていたのか、寛解したものの再度どこからか雑菌が入り込んだのかは定かではありませんが、また泌尿器科に行かねばならないようです。

一度痛みを覚えた人間は強くなれるものです。今回は痛みを感じた時点で「精巣上体炎」が再発したと判断、即座に病院へと駆け込んだのでした。わずかに不信感もあったので、違う病院にしようかな?という思いもあったのですが、結局のところ、家から近いというメリットを覆す程ではなかったため、同じ病院にしました。

 

痛みを感じてすぐに来たからか、今回は怒られることもなく、淡々と診察が進んでいきます。相変わらず金玉を握る時の手付きがクルミガリガリいわせる時のそれだったのが気になった、というか普通に痛かったのですが、予想通り「精巣上体炎」と診断されました。あと、金玉の大きさが左右で違うねとも言われました。

むしろこっちに対する食いつきの方がすごく、以前治療した「精巣上体炎」はもう興味が無いのか、いつから金玉の大きさが違うのか、痛みなどは無いか、など根掘り葉掘り聞かれました。僕としては自分の玉のサイズが違っていたという認識はなかったので、ほとんど「分からないです」としか答えられなかったのですが、それでもしつこく食い下がり、「なんで前回の診察では気付かんかったんやろ」とブツブツ繰り返していました。それはこちらのセリフです。

あと、ここにきてカルテ上で睾丸の左右を間違えていたことが発覚。僕は前回も今回も左の睾丸が痛いと伝えており、触診などもそちらを中心に行われていたのですが、カルテでは全部右の睾丸になっていました。この先生が全ての診察を行っていたので問題はなかったのですが、カルテを元に看護師に指示が出ていたらどうなっていたのでしょうか。

 

また「精巣上体炎」と診察されてしまったことについて、僕としては今までなったことがない病気に、半年という短期間に2回もかかってしまうのは、何か原因があるのではないかと思ったので、先生にそのあたりのことを尋ねてみたのですが、

「短期間の間に同じ病気になるのは何か原因が考えられますか?」

「なる人はなる病気やからね。5回、6回と来る人もいますよ」

「いや、そういうことじゃなく生活習慣とか…(6回は来すぎじゃね!?そいつホンマに治ってるんか?)」

泌尿器科に来るようなことをすればなります」

という禅問答のような有様だったため、僕は全てを諦めました。ていうか6回って…。やっぱり実はこっちがヤブだったってパターンじゃないの…?。こんな調子で繰り返される問答には絶望感を感じさせられましたが、それでも薬さえ貰えれば、それさえ飲み続ければちゃんと治るんだという希望もありました。やはり一度痛みを覚えると強くなれるものです。

 

診察はこんな調子ですすめられましたが、処方された薬は無事に前回と同じものでした。まあなんやかんやあってもこれを飲んどけば治ります。

そう思って薬を飲みだしたのが約1ヶ月前。今回も2週間分処方されていたので飲み終わったのは約2週間前ということになりますが、どうやら今回は薬の効きが悪いのか、飲み終わって時点ではまだかなりの痛みが残っている状態でした。

痛みが残っているものはどうしようもないので、最後の診察の時にその旨を伝えたのですが、問診や触診は当然のように行われず、まさかの2週間ちゃんと薬を飲んでいたから大丈夫だろうという、やはり何も大丈夫じゃない判断基準により治ったと診断されてしまいました。

じゃあこの痛みは何なんですかと聞いてみたところ、返ってきた答えは「気のせい」というものでした。そうか、気のせいだったのか。いやいや、専門家たる医師に「その痛みは気のせいだよ」って言われたら患者側は何も言えなくなるでしょ…。こんな一撃必殺みたいな論法があっていいんでしょうか。TCGなら禁止カードになるレベルでしょ。

先生曰く、痛みが続いて過敏になっているせいで、何ともない状態でも痛いと感じてしまうそうです。どうやら僕は幻肢痛ならぬ幻玉痛に悩まされているということでしょうか。この場合、玉は無くなっているわけではないというのが判断の難しいところですね。

 

 

完治していると診断されたものはどうしようもないので、それ以降病院には行ってないのですが、今でも痛みを感じる瞬間は訪れます。それは幻の痛みなのか、それとも真の痛みなのか、もはや僕には判断すること叶いませんが、いつの日か、きっと真実を知ることが出来る日が来ることでしょう。恐らくそれは三度目の泌尿器科訪問という形で実現するような気がしてならないのですが、まあまだ未来はわかりません。

金科玉条という言葉もあるように、古来から金や玉は大切に扱うものとされてきました。それはそれとして、金玉だって当然大切に扱われて然るべきです。どうか僕の金玉が無事でありますように。

「おっさんは二度死ぬ」刊行記念 トークライブ&サイン会 感想

週一で更新するぞ!と心に決めていたはずなのに、気がつくと月一ペースの更新になっていたものですから我ながら自分の怠け者っぷりには唖然とするばかりです。

更新内容も自分の生活を綴るというよりは、ただただ読んだ本の感想を綴るだけになっており、改めて見返してみても自分がどのように過ごしていたのか全く分かりません。

引きこもって無為に過ごすだけの毎日を変えるべく、自分の足跡を残すことで意識的に生活を変えるためにサイトを始めたはずだったような気がするのですが、サイトの中でまで本を読むことしかしていないのではどうしようもありません。

そろそろ何とかしなければと考えていたところ、タイトルであげたイベントが開かれるとあり、これ幸いと参加してきました。嘘です。本当は10年以上応援しているテキストサイトの管理人が先日書籍を出版することになり、それに合わせてイベントが開かれることを知った僕は、あらゆる予定を放棄してイベントに参加することを決めていたのでした。今日はその感想文です。結局感想しか書けないあたり、僕は自発的に何かをするということに向いていないのかもしれません。

 

 

なぜかド平日、それも7月4日の木曜日という日程でこのイベントは行われました。会場は渋谷にある東京カルチャーカルチャー。18:30開場の19:30開演という、明らかに仕事帰りに参加することを想定された時間設定でしたが、僕は大阪に住んでいますので、仕事帰りにどれだけ急いでも間に合うわけがありません。ということで、この日は有給を取得して東京へと向かいました。

イベントの内容を書いていなかったことに気がついたのでここで書いておきますと、最近では様々な媒体で記事やらコラムやらを執筆している、Numeriというテキストサイトの管理人であるpatoさんが、この度ネット掲載されていた「おっさんは二度死ぬ」というコラムをまとめた書籍を刊行されました。その記念として開かれた6人のゲストを招いてのトークライブというイベントで、Numeriからはじまり10年以上にわたってpatoさんの文章を読んできた僕からすれば参加しない道理はありません。

開場時刻前に会場に到着すると、すでに20~30人の待機列が出来ていました。間もなく開場を迎え、パラパラと入場が始まります。僕も適当な席に腰を掛け、開演時刻を待ちます。

 

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開演時刻になり、会場内もそろそろ始まるぞといった雰囲気に。そして最初に登場したのが我らがpatoさんでした。今日の主役であるから当然真ん中の席に座るだろうと思っていたのですが、まさかの端の席に座るpatoさん。どうやら自分で司会もやる関係で端に座ったようですが、自分がメインだということを忘れてやいないでしょうか。

続いてヨッピーさん、DJ急行さん、仙頭さん、ゴトウさんが紹介スライドを交えながら登場し(マミヤ狂四郎さんは遅刻)、最後に特別ゲストの成瀬心美さんが登場しました。よくもまあこんな濃いおっさんばかりのイベントに来たもんだ…と思っていたのですが、イベントが進むにつれていい意味で遠慮がなくなっていったので流石だなあと思わされました。

イベントは二部構成となっており、一部では成瀬さんを交えながら「おっさんとはなにか?」をおっさんたちがグダグダと語らい、二部では成瀬さんが抜け、おっさんたちだけで「おっさん 7つの大罪」と称して何でもありのトークを繰り広げるという、だいたい想像がついていましたが、本の話はほとんどないものになっていました。

 

一部では、使うのに2千円かかったというおっさん素材に触れつつ、肉が食えない、人の名前が出てこない、といったおっさんあるあるの話へ。どれもこれもそのうち自分がなりそうな、こうなったらおっさんの始まりなんだなあというエピソードのオンパレードでした。そこから話は「女性が嫌がるおっさんの行動」へ。なぜかランキング一位から発表を始めたpatoさんに対しツッコミが入りつつも、予想の流れへ。

行動だから加齢臭とかそういうのではないと話している直後に「僕は臭いかなあ」と予想を始め、「臭いじゃないって!」と言われているにも関わらず、自分が臭かったエピソオードを語りだした仙頭さんは相当なものだなと思いました。このイベントでは全体的に仙頭さんの狂いっぷりが引き立っていました。実は参加しているおっさんたちの中で割と若い方というのもなんだか卑怯な気がしました。

イベント序盤はおっさんたちだけでも盛り上がっている感があり、成瀬さん置いてけぼりだなあと思っていたのですが、その後、ランキング二位、三位が発表されつつ、おっさんエピソードが語られていく中で成瀬さんも隠されていた刃を見せてくるようになります。

成瀬さんを囲むおっさんたちがトップオタを集めた最後の晩餐みたいな絵面になっていると言われたことに対し「私のトップオタはもうちょっとちゃんとしてます!」と返し、成瀬さんが引退したら2年は引きずるといったファンに対し「2年か~、短えよ!」とやさぐれる、と大活躍でした。

一部の最後では成瀬さんがどのおっさんが一番マシかを選ぶというどう考えても誰かが血を吐くことになる悪夢のような儀式があったのですが、一位に選ばれたのはまさかのゴトウさんでした。全身で喜びを表現するゴトウさんは本当に嬉しそうで格好良かった。そして二位ヨッピーさん、三位マミヤ狂四郎さん、四位patoさん、五位DJ急行さん、六位仙頭さん、と続きました。

上位3名から漏れたと知った時のpatoさんは本当に悔しそうで、なりふり構わず「俺は本を出している!」と謎のアピールをしたにも関わらず四位止まりだった時はなんだかこちらにまで悲しさが伝わってきたような気がしました。あと、イベントを通じて感じていたことなのですが、patoさんは成瀬さんを好きすぎると思う。

最下位の仙頭さんは、楽屋で会うなり開口一発「今日動画みてきました~」とカマしたから、という本当にどうしようもない理由での最下位でした。これを暴露されても悪びれず、むしろ当然のことでは?という態度だった仙頭さんは素敵だと思います。

 

 二部では、成瀬さんが抜けたためか、一部よりも真に迫った、より密度の高いおっさんエピソードが語られました。一部では動画配信がありましたが、二部では動画配信がなく、インターネットに書けない話なんかも飛び出していたのでより濃密な気がしているのかもしれません。

ラウンドワンでダブルデートをする若者を見て「もう俺たちにああいうのは無いんだ」と語るpatoさんに同調する周囲のおっさんたち。これに関しては僕自身、テキストサイトにハマり、そこからインターネットの海に浸かりきった暗黒の青春時代を過ごしたものとして、身につまされるものがありました。

ここからイベントのタイトルにもなっている「7つの大罪」になぞらえて、傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・貪欲・邪淫・大食に沿ったおっさんのエピソードが繰り広げられました。ここで表示された同じおっさんが別パターンで7枚写っているスライドを撮影している人が多く、「ああ、イベントが進んできて皆いい感じに頭がやられてきてんな」と感じさせてくれました。

大罪ごとに現れる、醜態を晒しつつもどこか憎みきれないおっさんたち。それをみて笑う壇上のおっさんたちでしたが、DJ急行さんの「我々は笑う側じゃなくてこれを認めなくちゃならないんですよ」の一言を受け、おっさんたちは「いいじゃん、これ」と手のひらを返し始めます。一見するとギャグシーンのようでしたが、僕はこの場面に「おっさんは二度死ぬ」のイベントの核となるものが凝縮されているように感じられました。

傲慢のおじさんLINEから始まり、嫉妬のクソリプ、憤怒の怒っているおっさん、怠惰な録音した音声で対応するYahoo!チャットのオナニー指導員、貪欲な大スカトロ大会に参加するおっさんたち、邪淫なテレフォンセックスで鼻息が荒すぎる惣菜屋のシゲ、大食の手コキ風俗と謎解きに終わる、とまあほとんどシモネタばかりでしたが大変楽しませてくれるエピソードばかりになっていました。

今になって「Yahoo!チャットって場所があったんだよ」の裏側を聞けるとは思っておらず、大興奮で話を聞くことが出来ました。他のエピソードも、大スカトロ大会は見物に行ってみたかったし、惣菜屋のシゲのテレフォンセックスも一度は聞いてみたいものだなあと思いました。というか、やっぱりここでも仙頭さんの狂気が頭一個抜け出てたように思います。スカトロ大会の話とかウケないわけがない。

最後はゴトウさんが参加したという手コキ風俗を5店舗に渡って巡り、謎解きを行うという話で大罪エピソードは締められたのですが、内容としてはゴトウさんが手コキ風俗でどんな感じ方をしていたか、とかそういう話題ばっかりだったので、こういうどうしようもないイベントには相応しいトリで良かったなと思いました。

 

と思いきや、最後の最後でpatoさんから本には書かなかったあとがきを語るというサプライズがありました。あれだけシモネタまみれの話をした後でしたが、内容としては至極まっとうな、めちゃくちゃ真面目な内容だったのでついつい真面目に聞き入ってしまいました。おっさんたちの下らない話を聞くイベントに参加しに来たはずなのに、なんだか真っ当な書籍の刊行イベントに迷い込んでしまったようです。

会場の皆も「おぉおー」と感心していましたが、ちょっと考えてみるとその人さっきまでオナニー指導員がどうとかそんな話ばかりしてましたからね。人の持つ二面性とは恐ろしいものです。

 

 

過去にpatoさんが開いていたヌメリナイトとは異なり、多数のゲストを招いてのイベントということで、どういう流れになるのか、果たして楽しめるのだろうか、と不安はありましたが、参加してみると、大阪から休みを取って向かうだけの価値があった素晴らしいイベントでした。またこの面子でトークショーをやってもらいたい。

8月27日には大阪でも開催されるそうなので、そちらにも是非参加しようと思います。

 

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「猫の地球儀」感想

あれから、七百年と半分が過ぎた。

 

朧はもちろん猫で、牡で、おいぼれで、最後のスカイウォーカーだった。

 

 

 

書き出しから問答無用で世界観を叩き込まれるこの快感、ここにこそ、秋山瑞人作品の魅力が凝縮されているのではないかと思うのです。

冒頭の一文は「猫の地球儀」という作品のものなのですが、僕はこの作品がどうしようもなく大好きで、高校生の時に初めて目を通してからというものの、そろそろ通算10回は読んでいるのではないかというくらい読み返しています。パラパラと軽く読むだけも含めると倍では利かないでしょう。

正直に言ってしまうと最初に読んだときにはここまで好きになるとは思えなかった、というかプロローグを読んだ時点で一回投げてしまっていました。なぜなら、初っ端から出てくる単語の意味が全く理解できなかったからです。

「あれから」っていきなり言われても何のことだか分からないし、何が「もちろん」なのか、「スカイウォーカー」に至っては聞いたことがないってレベルを超えています。これらに対する説明が全くないどころか、この調子で知らない単語がどんどん量産されていきながら物語が進行していくもんですから、読者としてはたまったものではありません。

ですが、読み進めていくとこれがまた良く出来たもので、単語の正しい意味は分からずとも、ざっくり何を意図しているかは分かってくるようになっています。そして、単語の意味を理解できるようになった頃には、きっとこの作品のファンになっていることでしょう。

 

ここで、「猫の地球儀」のあらすじをざっと説明しておくと、舞台は地球の衛星軌道上に存在するトルクと呼ばれるコロニーであり、ここでは高度な知性を持ち、電波を操る猫たちが暮らしています。トルクを築いた人間はとうに滅びており、猫たちは人間が残したロボットを電波で操作し、生活に役立てたり、スパイラルダイブと呼ばれる決闘にのめり込んだりしていました。この世界は大集会という宗教組織によって治められており、死んだ猫たちは地球(作中では「地球儀」と呼ばれている)にいくとされています。そんな世界において、異端とされる「生きたまま地球儀に行く」ことを目的とするスカイウォーカーの幽(かすか)と、最強のスパイラルダイバーである焔(ほむら)が出会うことから物語が始まります。社会の価値観と真っ向から相対する夢を追い求めることで、周囲との軋轢も生じますし、不幸になる猫も出てきます。そのとき幽はどのような判断をするのか。

作者自身はこの物語のことを「ピーター・アーツ VS ガリレオ・ガリレイ」と評しています。まあ、当たらずといえども遠からず、と言ったところでしょうか。

 

こういった物語であるにも関わらず、読んでいる最中には圧倒的なリアリティをもって物語が進行していきます。それを担っているのが、冒頭でも触れた問答無用で叩き込まれる世界観であり、緻密な筆力から紡ぎ出される、読むだけで映像が浮かんでくる描写力にあるのは間違いないでしょう。

ハッキリ言ってしまうと本作はライトノベルなので、読めるレベルの最低限の文章力があればそれでいいと思っていたのですが、実際にはとんでもないレベルの文章が飛び出てくるので大変驚きます。

秋山瑞人の文体は独特であり、三人称で進んでいたかと思えば、突如一人称の視点が挟まり、かと思えば謎の視点からの文章が現れる。文章が途中で途切れ、別の事象を挟んでサラリと元の文章に戻る。滅茶苦茶なことをやっているようで、読んでみると全く読みにくさを感じさせないどころか、文章が疾走するような感覚が味わえます。

 

また、文化・背景の描写にも目を瞠るものがあります。例えばスパイラルダイブ一つをとってみても、ダイブの見物客を見込んで物売りを始めたところから市場が形成されていっただとか、ダイブの賭屋が商売のうまくいかない日は魔除けの呪いを掲げておく、主要人物でもない賭屋がダイブの勝敗予想を始める、といった一見物語の進行には影響がなさそうな文章が随所に見られます。

しかし、これこそが物語に説得力をもたせるのに非常に重要な役割を果たしているわけです。ダイブ周りの文化が明確になるほど、ダイブが猫を夢中にさせる一大娯楽であることが分かりますし、魔除けの呪いは大集会という組織の存在も相まって、トルクでは信仰の力が根強いのだと分かります。こうした細かい根拠の積み重ねによってトルクという世界がどう成り立っているのか、読者は徐々に理解していくことができ、また、未知の部分についても想像を巡らせやすくなります。

 

これは何も「猫の地球儀」に限った話ではなく、秋山瑞人の作品全てに共通していることだと思います。

僕は秋山作品全てが好きなのですが、どれくらい好きかというと、ここ最近は図書館に行けば「E.G.コンバット」を借り、移動のお供には電子書籍で購入した「猫の地球儀」に目を通し(もちろん家の本棚には書籍版も収められています!)、家では「龍盤七朝 DRAGON BUSTER」をゆっくり読むという、自分で今書いていてもちょっと理解出来ないレベルのハマりっぷりを見せていました。もう少しで迎える6月24日は全世界的にUFOの日ですので、「イリヤの空、UFOの夏」も読まなくてはなりませんね。

ただ秋山瑞人唯一にして最大の欠点に、とんでもないレベルで遅筆、そもそも未完の作品が多すぎる、というものがあります。

商業的に出版されている6作品の内、半分の3作品が未完だというのですから、ファンにとってこれほど悲しいことはありません。デビュー作である「E.G.コンバット」は、全4巻の予定で、3巻まで発売された後、最終巻の発売日(2001.06.10)まで公表されていたにも関わらず、未だに発売されていないという曰く付きの作品です。

もし未完の秋山作品をラストまで読めるようになるのであれば、100万円だって惜しくはないというファンも割といるんじゃないでしょうか。もちろん、僕もその一人です。

 

話が逸れたのでもとに戻しますと、秋山作品は全くのSF的世界観であったり、僕たちの世界とはちょっと違った現代が舞台だったりするのですが、その部分を殊更強調してくることはあまりありません。しかし、そのどの世界観においても、文化・背景が綿密に描写されているため、自然とその世界を受け入れることが出来ます。

最新作である「龍盤七朝 DRAGON BUSTER」においてその技術は究極とも言えるレベルに達しており、舞台が古代中国を基にした架空の王朝であるにも関わらず、そこに根付いている文化や風俗、登場人物の思想に至るまで、まるで本当に存在していたかのような、圧倒的とも言える説得力を発揮しています。

はじめに読んだときは、ちょっと過剰ではなかろうか、と思ったものでしたが、サクサクと読み進められ、説明過多に感じずにスルッと文化を理解できるのは、さすがの筆力だと言えるでしょう。

 

描写についてもう一つ特筆するならば、秋山瑞人はロボットの描写がべらぼうに上手い、ということが挙げられます。

なんかもう「猫の地球儀」の感想というよりは、僕がどれほど秋山瑞人を信奉しているか、みたいな日記になってきたのでそろそろ「猫の地球儀」に絞った文章を書いていこうと思いますが、最後に少しだけ書くならば、「E.G.コンバット」のGARP、「鉄コミュニケイション」のイーヴァとルークを筆頭に、とても人間くさくありつつも、ちゃんと人間とは違うロボットとして彼らを描く、その力が異常なのです。

猫の地球儀」においては幽のパートナーであるクリスマスに、焔のパートナーの日光、月光と魅力的なロボットが揃っているのですが、僕はそれらを差し置いて一番魅力的なのは、焔のファンである楽(かぐら)のパートナー、震電であると感じました。

震電は他のロボットたちに比べて旧式であり、普通は猫とロボットがコマンドでやり取りできるのに対し、コマンドを受け取ることは出来ても目をピカピカ光らせることでしか返事が出来ません。しかも、持ち主の楽にも「震電は馬鹿だから」と言われてしまうほどの間抜けです。ですが、長いトルク生活で生活力だけはずば抜けており、ネズミを取ってくるのは上手いという変な特技は持っています。

そんな震電ですが、楽を思いやって行動していることは描写の端々から感じられます。ネズミを取ってくるのはもちろん楽のためですし、楽がパニックに陥ったときにはさっと魔法の粉を取り出して落ち着かせ、楽がいなくなればダウジングで探し出す。命令されてやるのではなく、自律行動から導き出される行動がこのようなものであることは、嫌でも人間臭さを感じさせてくれます。震電が幽に魔法の粉を託すシーンは、作中屈指の名シーンだと言えるでしょう。

 

本作のキーワードの一つとして、「夢」が挙げられます。

幽の夢はもちろん「生きたまま地球儀に行くこと」です。そのために必要なものとして、「地上6000キロ、軌道速度は秒速5600メートル。このふたつの悪魔の数字に打ち勝つためには、強力な噴射のできるエンジンと、堅牢無比な耐熱機構があればいい。」と作中では述べられています。そして、「それ以外には、何もいらないのだ。」とも。

幽が夢を追い求めることは一見、悪い事のようには思えません。誰しもが自分だけの夢を描き、それに向かって進むことは自然なことだからです。しかし、幽の夢はトルクという、その日暮らしていくだけで精一杯な猫たちが大多数の、余裕のない世界においては大きすぎました。誰にも迷惑をかけず、自分だけの夢に浸っていたつもりの幽は、自分が夢を追い求めることで不幸になってしまった猫がいることに気が付きます。誰かにとっての夢とは、他の誰かにとっては鼻くそみたいなものであり、理解してもらうのは難しいことです。それがその時代の常識から外れたものであるほど、それは顕著に現れることでしょう。

 

猫の地球儀」は天才と天才の物語です。

しかし、その天才たちは何だって出来るわけではありません。悩みもするし、失敗だってします。しかし、彼らは諦めず、夢のために邁進していきます。 そしてある時、天才たちは自分が夢を追い求めることで周囲にどういった影響が生じていたかを知ります。それでも天才たちは前に進もうとするのか。

 

 

猫の地球儀」について思うところを書こうと思っていたはずが、秋山瑞人への信仰を綴った日記みたいになってしまった。

小説の発行は2012年で止まっていた秋山瑞人ですが、去年ある企画の中で「秋山瑞人からのメッセージ」というものがあり、そこで約6年ぶりに新作の文章を読むことが出来ました。まあ700字ちょっとの、ほんとにただのメッセージだったわけですが、思わぬサプライズにファンは沸き立つことになりました。700字ちょっとで興奮しているあたり、どれだけファンが新しい文章を待ち望んでいたのかがわかるかと思います。

果たして生きているうちに未完の作品の続きは読めるのか、はたまた未完の作品は放置されたままで新作が飛び出てきちゃったりするのか。できれば今ある作品を完結していただきたいものですが、新しい文章が読めるのなら新作でもいいのでは、と思う今日このごろです。

最後はファンらしく。

EGFマダー?